選挙を拒否する反政府デモ タイ政治の構造的問題
タクシン元首相の恩赦法案をきっかけとしたタイ・反政府デモ。反政府側は選挙のボイコットを表明するなど、収束の兆しは見られない。日本からの観光客も多い「微笑みの国」で、いま何が起こっているのか。(河野嘉誠) [図解]タクシン政権を振り返る
選挙を拒否する反政府デモ
タクシン政権が退陣した2006年以降、タイの政治は「黄シャツ」と「赤シャツ」の対立として語られることが多い。 「黄シャツ」は、バンコクを中心とした既得権層により構成される。野党・民主党を支持し、「反タクシン派」とも呼ばれる。今回の反政府デモを担っているのも「黄シャツ」の人々だ。 これに対し、東北タイを地盤とし、農民や労働者などから構成され、タクシン政権時代の諸政策により恩恵を受けたのが、「赤シャツ」といわれる人々だ。タイの国民の半数以上は農民だ。タクシンは首相在任中、農民や貧困層に対し手厚い保護をした。 「黄シャツ」は、こうしたタクシンの政治手法を「ポピュリズム」と批難する。タクシンの妹・インラック首相のコメの買い取り政策も、国庫を圧迫する「バラマキ」との批判をうけている。しかし、「黄シャツ」は、圧倒的多数を占める「赤シャツ」に選挙で勝つことはできない。 それゆえ、タクシン政権を崩壊させた2006年も、軍のクーデタという形をとらざるをえなかった。一般に、反政府デモとは「民主主義」を希求し「自由で公平な選挙」の実施を求める運動だ。しかし、タイの「反政府デモ」は選挙を拒否している。 今回のデモで反政府側指導者を務めるステープ氏も、インラック首相の即刻辞任と「総選挙を経ない政権委譲」を要求している。 このある意味、異様な「反政府デモ」の背景について、「タイの構造的な社会階層対立」があると分析するのは、比較政治学が専門で東アジアの民主化に詳しい甲斐信好拓殖大学教授だ。「タイの政治を伝統的に動かしてきたのは官僚や貴族といった上流層の人々だ。彼らは、1932年の立憲革命に象徴されるように、絶対王政を廃し、民主化を進めた。しかし、彼らはタイ国民の半数以上を占める農民層まで巻き込んだ『民主化』は求めなかった。タイの政治を伝統的に担ってきた上流層が、『黄シャツ』として現在まで存続している」。 「タクシン派」のポピュリズムはタイを腐敗させる。それを阻止するためには、クーデタも辞さない。これがタイの政治を伝統的に担ってきたエリート層、「黄シャツ」の人々の政治姿勢なのだ。