【なぜ日本野球はバントを“乱用”するのか?:第2回】「監督の保身」と「球団のノウハウ蓄積不足」スポーツ評論家・玉木正之が考えるバント依存の背景<SLUGGER>
MLBの場合、オーナーがゼネラルマネジャー(GM)を採用して、そのGMが監督を採用する形式を取っている。これにはメリットが2つあって、まず野球を理解している人が監督人事を決められること。もう一つは、組織内に勝てる野球のノウハウが蓄積されていくことです。だから監督が代わっても、組織としての強さがそこまで影響を受けることは少ない。 でも、NPBの監督人事は、はっきり言って選手時代の功績が高い人に与えられるものです。またGMという地位にしても、MLBのそれとは悪い意味でまったく異なるもので、チームを強くするためにどうすればいいかということを、監督やコーチの人事と選手の構成に基づいてきちんと分かっている人はほとんどいないんじゃないかと思います。 これがどのような弊害を生むかと言えば、ある監督の導入した良い施策が、まったく組織として引き継がれていかないわけですよ。監督が代われば全部白紙になってしまうんです。 これは僕が広岡達朗監督の就任1年目、82年の西武のキャンプの取材に行った時のことです。管理野球の広岡さんだから、紅白戦を見ると前任の根本陸夫監督の時からサインプレーがすごく増えていて、選手が戸惑っていた。なので、広岡監督に取材した時に「サインがかなり増えたみたいですが、それは自覚してやっておられるんですか?」と聞いたら、「そんなものは知らない」と言われた。「(根本さんから)引き継ぎしてないんですか?」とさらに聞いたら、「出ていけ」って言われてしまったんですよ。つまり、球団単位でノウハウの引継ぎはまったくされていなくて、監督の手腕に任せっきりになっていたということです。 広岡さんはそれでも勝てる監督でしたが、同様に彼のノウハウもチーム内にはほとんど蓄積されていないと思います。これは他のチームでも同じでしょう。もし引き継がれていれば、野村克也監督時代の“再生工場”のノウハウが、今のヤクルトで実践されていてもおかしくないはずですよ。 日本の“バント信仰”の解消にあたっては、これは存外に大きな問題ですよ。仮にどこかの監督が今後、MLBに倣ってほとんどバントをしない野球をしたとしても、またそれで勝てたとしても、その監督が辞めてしまったら元の木阿弥になる可能性がある。そうならないためには、MLBのように球団がちゃんとしたGMを採用して、そのGMが主導となって球団組織を改革していくくらいじゃないとダメでしょうね。でも、親会社の宣伝になればいいという感じの今のプロ野球を見ていると、それは望み薄でしょう。NPBからバントが主流でなくなる日は、まだまだ遠い……と思わざるを得ないですね。 構成●SLUGGER編集部