百合子さまが遺した“エピソード”から紐解く、佳子さまら次世代に期待される「歴史の証言集」
百合子さまのオーラルヒストリー
百合子さまの夫、三笠宮さま(1915―2016年)は、大正天皇と貞明皇后の4番目の男子である。長兄は昭和天皇、そして、秩父宮さま、高松宮さまの兄がいた。2016年10月27日、100歳で亡くなったが、その伝記『三笠宮崇仁親王』が、三笠宮崇仁親王伝記刊行委員会によってまとめられ、出版された。この中にある、百合子さまのオーラルヒストリー(口述記録)が、大変、興味深い。 三笠宮さまは小さいころ、いたずらっ子だったらしい。母の貞明皇后が、「投げて良きもの」、枕やクッションなど。それと、「投げて悪しきもの」、三笠宮さまが投げては危ないものを分類したという。 百合子さまが、娘の近衞甯子さん、孫の彬子さまに「そうそう。洗心亭…。『心を洗う亭』っていうお茶室のところが、お庭の中にある。そこのお庭にあった榻(とん)っていう、一人でちょっと腰を下ろせるような、それを下の池に皆お投げ入れになったんですって」と話されるくだりがある。 「榻」というのは、円筒形をした陶磁器の中国風腰掛けで、庭園に置く。榻と一緒に写った三笠宮さまの写真も、この本に掲載されているが、高さは70~80センチはあろうか、かなりの重さのように見える。 彬子さま「え? おじいちゃまが?」 百合子さま「ええ」 彬子さま「(笑う)」 甯子さん「お転がしになったんでしょうね、ゴロゴロ」 百合子さま「すごい悪戯でらしてね(笑う)。コロコロと」 甯子さん「お転がしになったんでしょうね。まさか、お小さいのにお抱えになることは、ちょっと無理だと思うから」 百合子さま「それで、ボチャーン!と。面白くていらしたんでしょうねえ」 甯子さん「でも、誰も見てなかったってことはないのに、お止めしなかったのかしら?」 百合子さま「どうなんでしょうね(笑う)。それだもんで、だいぶお悪戯(いた)をなさるんで、『投げて良きもの』と『投げて悪しきもの』って」 全員「(笑う)」 長年、三笠宮さまを支えた百合子さまだからこそ、知ることのできる心温まるエピソードである。 昭和天皇の長男である上皇さまは、戦前、戦中、戦後を知る「生きた歴史の証人」だ。そこで、上皇ご夫妻が元気でいる今こそ、孫である佳子さまたちが中心となり、祖父母のオーラルヒストリー(口述記録)をまとめてみたらいかがだろうか。孫だからこそ気軽に話ができるかもしれない。国民にとっても、優れた財産となるはずである。 <文/江森敬治> えもり・けいじ 1956年生まれ。1980年、毎日新聞社に入社。社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に『秋篠宮』(小学館)、『美智子さまの気品』(主婦と生活社)など