鈴木亮平が掲げる新時代の俳優の矜持「演技だけやっていればいい、では足りない時代に来ている」
自分の滑舌の悪さは、ずっとコンプレックスでした
鈴木亮平に寄せられる信頼感の一つに、知性がある。東京外国語大学卒業という経歴もさることながら、そのインテリジェンスを支えているのは、彼の話し方だ。美しい日本語を、落ち着いた口調で操る。だが、実はそんな武器は長らく彼のコンプレックスだった。 「やはり俳優をやる以上、よく響く日本語、いわゆる標準語と言われるものをしっかり身につけないといけないと、自分が関西人だからこそ強く思っていました。でも、実は僕は滑舌が絶望的に悪くて。それが長年コンプレックスだったんです」 この4月から『世界遺産』の9代目ナレーションに就任。心地よく耳に染み込む語りに早くも絶賛の声が上がっているだけに、滑舌に難を抱えていたというのは意外な告白だった。 「ずっとナレーターの仕事もしたいと思っていたからこそ、自分の話し方を直さなくちゃいけないという意識は強かったです。今もやっているのは、外郎売り。特に関西人として気をつけなきゃいけないのは鼻濁音。あとは無声化です。関西圏で育った僕は、どうしても全部有声発音になりやすい。それを無声音で話せるように一生懸命練習しました。このあたりは今も気を抜くと忘れることが多くて。滑舌やイントネーションに関しては今も誤魔化しながらやっているというのが正直なところです」 他者が羨む美点も、決して天からのギフトではなく、不断の努力によって磨き上げたもの。最初からダイヤモンドだったわけではない。何度も濁流に揉まれ、石肌を削られ、やがて無二の輝きを放つ天然石のように、彼の中に流れる歳月の蓄積に私たちは美しさを感じ取っているのかもしれない。
未熟を理由に何も伝えないのは年長者の甘えかもしれない
「俳優という仕事は役との出会いが大きいです。いい方向ばかりとは限りませんが、役から影響を受けて自分の人格が徐々に変わっていっている感覚もあります」 中でも大きかったのが、大河ドラマ『西郷どん』で演じた西郷隆盛だった。 「あの変革期で西郷さんが行ったことは歴史に残るものだし、政治的にもすごく大きな役目を背負っていました。でも彼が今もこうして愛され続けているのは、それ以上の何かがあったからだと思います。現代の言葉で言うなら、カリスマ。西郷さんを演じたことで、彼の持っていたカリスマ性の1/10くらいは学ばせていただいた気がする。それは今の自分を形成する上でとても大きなものになっています」 そう話しながら、「でも、自分はそんなにできた人間じゃないですよ」と困ったように笑って、かぶりを振る。 「役とリンクしちゃって、変に祭り上げられている感じがする(笑)。そう『見える』のはありがたいことですけどね、俳優としては。でもあまり立派な人のように思われすぎるのは、ちょっと生きづらい。早く悪役がやりたい(笑)」 決して完璧な人格者なんかではない。いつまで経っても、未熟者。だから学び続けるし、努力し続ける。 「自分が大人になればなるほど、自分の未熟さも、成熟も同時にわかってきました。ただ最近は、自分が未熟だからといって、後輩に伝えることを怠っちゃいけないなとも思っています。「自分も未熟だから偉そうに言わないでおこう」というのは簡単で。でも業界全体が今後成長するためには、次の世代に自分たちが経験してきたことを伝えていく必要もあって。『教える』なんて偉そうなものじゃなく、ただ伝えて、そこから自由に感じ取ってもらうといいますか。自分の未熟を理由に何も伝えないのは年長者の甘えかもしれないなと思うんです。そういう意味でも、全体で知識を共有して次の世代に伝えていくことは、今とても興味のあることの一つです」 Netflixでは、よりクリエイティビティを発揮できる環境づくりを目指してリスペクトトレーニングの導入や、労働環境改善のために1日の撮影時間を原則12時間までとするなど、先進的な試みを行っている。こうしたNetflixとの仕事も、鈴木亮平にとっては新たな刺激となった。 「日本でも今では映適という組織がスタートして環境が改善されてきていますし、今後もNetflixのような撮影環境が、日本でもスタンダードになっていけばいいなと思っています。ただし、それをすると撮影日数が増えて予算が大幅に増える。今までつくれたものがつくれなくなって、作品の本数が減ることも覚悟しなくちゃいけない。でもその分、若い世代が入りたいと思える持続可能で健全な業界になる。僕はなるべく健全であることが優先されるべきだと思いますが、今後も日本の現実に合った、より良いルールが作られていくべきだと思います」 自分の目先のことだけに拘泥しているのではない。作品全体のことを、ひいてはこの業界の未来のことを第一に考えて、行動する。その視野の広さが、鈴木亮平という人間の大きさにつながっている。