【バイク短編小説 Rider's Story 】一年後に電話して
オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。 Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。 【画像】バイク短編小説 Rider's Storyの挿入写真をギャラリーで見る(7枚) 文/Webikeプラス 武田宗徳
一年後に電話して
────────── ハーレーに乗っていた ────────── 携帯電話を片手に、僕は電話しようかしまいか迷っていた。一年という歳月が、あれは冗談だったのではないかと思わせて、電話するのをためらわせた。 一年前 「東京からですか?」 黒いシングルの革ジャンを羽織った女性ライダーに声を掛けられた。 河口湖に来ていた。七月下旬の暑い日だった。 湖畔の駐車場にバイクを停めてタバコを吸っていた。愛車のハーレーは品川ナンバーだ。バイク乗り同士、仲間意識が働いて、ナンバーがきっかけで見ず知らずの人と会話が始まることがよくある。 「私もハーレーなんですよ」 彼女は一人でツーリングしているようだった。僕もソロツーリング中だった。お互いハーレーに乗っているというのもあって、話しかけるきっかけになったのだろう。 彼女は静岡市街から走ってきたそうだ。お互いのバイクを見せ合って、しばらく立ち話をしていたが、時間が丁度正午を回ったので、お昼を食べるつもりだがどうするか聞いてみた。 「まだ食べてないんですよ」 彼女がそう言ったので、一緒にどうかと聞いたら、喜んでそうしたいと言った。 ────────── ケラケラと笑っていた ────────── ハーレーに乗る女性が増えているとは聞いていたが、自分の知り合いにはいなかった。目の前でほうとうを食べている彼女はハーレーのイメージとはかけ離れた華奢な女性だった。だが、会話を続けているうちに、彼女のさっぱりした男っぽい性格を窺うことが出来た。ほうとうが口の中に入っているのに、僕のつまらない冗談に、大きな口を開けてケラケラ笑っていた。生き生きした彼女の表情と、その透き通った瞳を見ていると、いつの間にか、自分の彼女がこの女性だったら、と思う自分がいた。 「結婚してるんですか?」 初対面であるのに、彼女はそんな質問を遠慮もせずにしてきた。していないと言うと、 「彼女はいるんですか?」 と聞いてきた。いる、と僕は強がって言った。嘘はついていない。本当に一年付き合っている彼女がいる。だが、僕は終わりにしたいと思っていた。山や海にツーリングに行くことが好きな僕に対して、街でショッピングしたり、遊園地に行ったりするのが好きな彼女では、すれ違うのも当然だ。価値観の違いというのをひしひしと感じていた。 会計を済ませようと店のレジに行った。僕が奢るというのに、彼女は割り勘だと聞かず、結局、割り勘で支払った。 店を出ると、二人でバイクの停めてある場所まで歩いた。 「これから、どこに行くんですか」 僕は洞窟を見に行こうかと思っていることを告げた。 「一緒について行ってもいいですか」 彼女は僕を覗き込んで言った。構わないと言って僕は愛車に跨った。エンジンに火を入れると、ハーレーのVツイン独特の不規則な排気音が辺りに響く。二台のハーレーは、適度な間隔をあけて駐車場を飛び出した。 ────────── 泣いたり、怒ったり ────────── 「怖いですね」 地表に大きな口を開けている洞窟の入り口を見て、彼女は、らしくないセリフを呟いた。僕は黙って洞窟の中に入って行った。彼女もあとに続く。 「ちょっと、待ってよ」 僕の歩くペースが速いのだろう。彼女が遅れだした。僕は意地悪を思いつき、ますますペースを上げて進み、その先にあった岩陰に隠れた。 「ちょっと! 待って!」 彼女は、暗がりの中、小走りでこちらに近づいてくる。タイミングを見計らって、僕は大きな声を上げ、勢いよく彼女の前に飛び出した。 「ぎゃあ」 彼女は大きな悲鳴を上げて、尻餅をついた。それを見た僕は声を上げて笑った。 「ひどい」 彼女の目に涙が見えた。彼女が泣いていることに気づいた僕は、驚いて謝った。 「ズボンも濡れちゃった」 地面に水たまりがあったのだ。僕は重ねて謝った。彼女は怒っていた。いや、怒っているフリをしていたのかもしれない。洞窟を出るまで彼女は一言も喋らなかった。駐車場に戻ると彼女はようやく口を開いた。 「お詫びに何をしてもらおうかな」 僕は、何をして欲しいか聞いた。 「電話ください。一年後に」 何だろう、と僕は思った。 「一年後にあなたが、独身で彼女もいなかったら電話してください」 彼女は続けた。 「そうしたら、もう一度、私とツーリングしてください」 なんて素敵な、彼女らしい、バイク乗りらしい約束なんだろう。断れるはずがなかった。 僕たちは電話番号を交換した。 ────────── 約束の一年後 ────────── 携帯電話を片手に、僕は自宅のソファに座っている。じっと画面に表示された彼女の電話番号を見ている。あとは発信ボタンを押すだけだ。 付き合っていた女性とは夏が来る前に別れた。もう八月になっていた。あれから一年が過ぎていた。今考えると、あれは彼女の冗談だったのではないかと思えてきて、電話するのをためらわせる。彼女にも彼氏が出来ている可能性だって大いにあるのだ。そもそも、この約束すら、すっかり忘れているかもしれない。 電話しようか、しまいか。携帯電話片手に迷いながら、もう一時間経過していた。 彼女の透き通った瞳を思い出した。その目から流れた涙を思い出した。怒ったフリして見せたふくれ面を思い出した。 冗談だっていい。忘れていたっていい。約束したことは事実なのだ。(覚えてる? 本当に電話したよ)と平然と言えばいいのだ。 思い切って発信ボタンを押した。呼び出し音が流れ始めた。携帯電話を耳に押し当て、僕は目をつぶっていた じっと呼び出し音を聞きながら、僕は、彼女のケラケラと声を出して笑ったときの、あの生き生きとした表情を思い出していた。 <おわり> 出典:『バイク小説短編集 Rider's Story つかの間の自由を求めて』収録作 著:武田宗徳
武田宗徳