今、北尾吉孝が読み解く変化の兆しと3つの「キ」
孫正義の招へいによって野村證券からソフトバンクへ。そしてSBIを巨大金融グループに育て上げた。経済の先を読み続ける北尾吉孝が、大いに語る。 ──北尾さんは、ゲームチェンジの芽や変化の兆しをどのようにつかんでいるのでしょうか。 北尾吉孝(以下、北尾):昔から中国の古典を読んでいたことが役に立っています。易経のなかでは3つの「キ」について述べられています。一つ目は幾何学の「幾」。物事が変化する兆しのことです。二つ目はタイミングの「期」。そして最後が勘どころやツボを意味する「機」です。 物事が起こるときには必ず前兆があります。例えば2008年に起きたリーマンショックです。実は前年の07年に世界の金融市場を揺るがしたパリバ・ショックがありました。フランス大手の銀行、BNPパリバの同行傘下のミューチュアル・ファンドが解約をストップしてしまった。これによって、サブプライムローン関連のファンドが売れなくなった。 パリバ・ショックが起きたとき、「これは重大な局面を迎える可能性がある」と僕は瞬時に思いました。そこで、当時保有していた韓国のアセットや、韓国でゼロから立ち上げたネット証券会社の売却を一斉に行いました。でも、もしかするとそれだけでは足りないかもしれない、と思い、当時上場企業だったSBIイー・トレード証券(現・SBI証券)の外部株主の持ち分1200億円以上を株式交換の手法を使って買い戻し、非上場化したのです。何か別の、巨大なものが来るなという予感がありました。それが翌年のリーマンショックでした。 こういうときはキャッシュ・イズ・キングです。だからキャッシュを自分の手元にもって、アセットを売却するといったことを矢継ぎ早に実施したのです。その結果、リーマンショック時に多くの金融機関が支援を受けないと生き延びられないような事態のなか、我々はどこにもお世話になることなく存続することができました。 ──前兆をつかむ秘訣は何ですか。 北尾:私は野村證券に入社した1974年からずっと相場の世界を見てきたので、変調が直感的にわかりますが、こればかりはトレーニングなしにはなかなかつかめないと思います。 中国戦国時代の法家、韓非の『韓非子』のなかに「聖人は微を見て以って萌を知り、端を見て以って末を知る」とあります。要するに、聖人は、わずかな兆しから全体像が見えてくる。あるいは、端を見れば結論まで見えてしまう。僕の人物としての熟達度や学識では、とてもじゃないけど聖人のレベルには到達しない。しかし、常日ごろからさまざまな情報に目を向けて、3つの「キ」を含めて何かの兆しをできるだけ感知すべく努力することが大切です。 そしていちばん頭に入れておかなければいけないのは、人間社会は「複雑系」だということです。単純な方程式でパッと答えを出せる世界ではない。最近は、次に何が起きるかを予測するのがますます難しくなってきています。