「勇気がある、僕にはできない」加藤シゲアキが注目する作家・蝉谷めぐ実に聞いたデビューまでの道のり
好きなものを好きなように
加藤 蝉谷さんは歴史小説を書こうと思って小説家になったんですか。 蝉谷 いえ、デビュー前に新人賞に応募していたときはいろんなジャンルを書いていました。現代の恋愛ものとか、海外を舞台にしたものとか。それで最終選考に残って選評もいただけるようになったときに、これをこんな風に書けば評価が良くなるだろうという、変な下心が出始めてしまって。好きなものを好きなように描かなくては、と思い直しました。 加藤 下心は良くないな、と。 蝉谷 そこで書いたのが江戸時代の歌舞伎だったんです。歴史時代小説を書こうというより、江戸の歌舞伎の役者が好きだから、それを書こうという、その一点突破でした。 加藤 だからここまでそのテーマで続いてるんですね。ただ、同じテーマでも『万両役者の扇』は文体が面白い。リズミカルでちょっとコミカル、口上みたいなメロディで物語に入る。勇気があるなあ、僕にはできないと思います。この手だれの手法は、絶対に真似できない。 蝉谷 でも、読みにくいと言われることも多いですから……。 加藤 え! スーパー読みやすいですよ! 歴史小説を読み慣れていない人でも。もちろん、用語の知識は多少必要かもしれないけれど。僕はこういうタッチで書く作家を他に知らなくて、誰かの影響を受けていますか? 蝉谷 歌舞伎を観ていた影響はあるかもしれません。あと、小説を書く前に落語をまず聞くようにしていました。 加藤 その落語家は上方ですか? 蝉谷 そうでもないです。歌丸さんだったり圓生さんだったり、古典落語を色々と聞きました。 加藤 リズムがいいのに加えて、最後には仕掛けがある。最初から短篇連作のつもりで書いていたんですか? 蝉谷 今回の第一話でもある「役者女房の紅」を書く際に、シリーズとして書きませんかと「小説新潮」の編集者さんからお話をいただいたのが始まりでした。そのときはシリーズにできる技量が今の自分にあるのか不安だったので、とりあえず一度書き終えてから相談させてくださいとお答えしたんですが、書いてみると楽しくって(笑)。 それから二年かけて連載させていただきました。第一話で扱った役者の女房もまだまだ書き足りなくて、長編の『おんなの女房』を書いてしまったくらいで。 加藤 「役者女房の紅」のあとで『おんなの女房』を書かれたんですか! 二作とも近いテーマで飽きませんでしたか? 蝉谷 歌舞伎は文献が沢山残っているおかげで、調べれば調べるほど新しい話の種が見つかります。だから飽きる暇がないんです。