特別視という蔑視。ドラマ『虎に翼』から見る男らしさ──連載:松岡宗嗣の時事コラム
NHKドラマ『虎に翼』で描かれている「男性」や「男らしさ」について、ライターの松岡宗嗣が考察する。 【写真を見る】『虎に翼』で猪爪寅子を演じる伊藤沙莉
『虎に翼』で描かれている「男らしさ」
日本で初めて法曹の世界に挑んだ女性を描いたNHKの朝ドラ『虎に翼』が話題だ。根深い女性蔑視、不条理な社会で奮闘する主人公たちの姿にエンパワーメントされる。 妻を「無能力者」とする法制度、結婚式の披露宴で男を立て「スンッ」としている女性たち、男子学生から「魔女部」と揶揄される主人公ら、ドラマでは現代にも続く家父長的な男性中心社会による差別や偏見、不平等が浮き彫りにされる。 そんなフェミニズムの視点から紡がれる物語で、「男性たち」はどのように描かれているか。特に主人公である猪爪寅子(伊藤沙莉)のクラスメイト、花岡悟(岩田剛典)、轟太一(戸塚純貴)を比べながら考えてみたい。
「特別視」という名の蔑視
廊下を歩く女子部の学生たちを「嫁の貰い手がなくなるぞお」と揶揄する男子学生。女子部への応募を増やすため企画された法廷劇の最中には、見た目をあげつらいヤジを飛ばす男子学生の姿など、ドラマでは明からさまな女性蔑視が色濃く描かれている。 さらに、現在の社会でもまったく珍しくないような、巧妙な女性蔑視も描かれている。 例えば、寅子たちに対して「男女平等の世を切り拓くあなた方を尊敬している」と言うクラスメイトの花岡悟は、一方で寅子たちのことを、一般の女性とは異なる「特別な女性たち」と捉えている。 授業で「結婚前の婦女にとって容姿は何より大事で」と講師が発言し、寅子たちが「はて?」と異論を唱えると、講師は「君たちのように利発で容姿端麗な素晴らしいご婦人方は該当しない」と言う。その言葉に花岡は「ええ、彼女たちは特別です」と答えていた。 自己紹介の順番はレディファースト、教室では前の席を寅子たちに譲る花岡。しかし、特別視は相手を対等に捉えていないことの裏返しだ。実際に花岡は、男子との雑談では「女ってのは優しくするとつけあがるんだ、立場をわきまえさせないと」と語る。寅子と口論になった際の「君たちはどこまで特別扱いを望むんだ」という言葉にも、特別視といいつつも女性蔑視の様子が露呈する。 こうした花岡の認識は、のちに男性らしさを競い合うホモソーシャルな社会によって形成されていたことがわかる。 花岡たち男子学生は、甘味処で"格上"の帝都大学生と鉢合わせた際、「スンッ」としてしまう。「男の人でも、スンッとするんだ」というナレーションが入るのが印象的だ。 同級生の轟太一に諭された花岡は、その後同じクラスの大庭梅子に「こんな人間になるはずじゃなかった」と吐露する。本当は帝大に進学し、弁護士になって活躍し父親の後を継ごうと思っていたこと、仲間に舐められたくないという理由や、女性たちに将来の椅子を奪われるようで妬ましく思ったことなどを明かす。 自分の認識について内省できることは大きな一歩だろう。ただし、吐露する相手は男性ではなく女性で、男性同士で"弱さ"を打ち明けるのではなく、あくまで優しく受け止めてくれる女性にケアされるという構図になっていることは注意したい。 寅子とのいさかいが起きて以降、むしろ寅子のことが気になる花岡。これまでの虚勢を反省し、心を入れ替えたかのように見えた。ここで、男らしさやホモソーシャルの根深さはそんなに簡単に変わるものではないのでは、と疑問を抱いたが、やはりその面影が残り続けていることがその後のシーンから伝わってくる。 寅子が一度落ちた高等試験司法科に合格したことを知った花岡は、「もし駄目でも、俺がいるから」と、たとえ落ちたとしても、もう一度挑戦するよう説得するつもりでいたことを伝える。俺がいる、というのはつまり、俺と結婚して嫁に入れば良いという意味だろう。一見すると優しさなのかもしれないが、そこには寅子を自分=男性と同じ土俵で捉えているわけではないことが伝わってくる。 試験に合格したあとの記者会見で、寅子が社会の不条理に対する女性たちの怒りについて語った際、花岡は拍手できず苦々しい表情で眺めていた。 花岡はその後、弁護士だけでなく裁判官への試験も合格し、佐賀に行くことになるが、寅子に正直に話すことなく突如新たな婚約相手を紹介する。「俺の赴任先にはどこでもついてきてくれるそうだし、いずれは父の面倒をみてくれると言っているから」と語る花岡は、家族や社会から期待される"優秀な男性”の階段を登っていく。