<中比対立の激化>フィリピン領海での中国の執拗な嫌がらせは米比同盟への挑戦
フィリピンは厳正な立場へ転換
6月17日、南シナ海のセカンド・トーマス礁にあるSierra Madreに駐屯する海兵隊に補給物資を届けるべく向かったフィリピン海軍の4隻のゴムボートに、中国海警のスピードボート数隻が体当たりして行動を封じ、ナイフ、斧、棒で襲いかかり、補給活動を妨害する事件が発生した。兵士一人が親指を失う重症を負った。フィリピンは「海賊行為」だと非難している。 この事件に関し、6月21日付の環球時報は、海警の乗組員がフィリピンのボートに乗船し臨検を行ったと報じている。フィリピン側は銃器等が盗まれたと言っている。報道によれば、中国は、5月15日に、海警が「中国の管轄下にある海域」に不法に侵入した外国人の身柄を最大で60日間拘束出来ることなどを明記した規則(6月15日に発効)を公表したが、この規則が発動されたのかどうかは不明である。 今回の事件に至る前から、Sierra Madreに補給に向かうフィリピン船舶が海警の船舶の放水銃で妨害される事件が繰り返し発生するなど、セカンド・トーマス礁周辺では緊張が高まっていた。5月31日、マルコス大統領はシンガポールのシャングリラ会議で演説したが、その際、「放水銃によってフィリピンの兵士が死亡した場合、それをレッドラインと見做すか否か、そして米比相互防衛条約を始動させることになるか否か」との質問に答えて、彼は次の通りフィリピンの確固たる立場を表明した。 「もし、意図的な行動によってフィリピン人――軍人のみならず一般市民であっても――が殺害されれば、それはわれわれが戦争行為と定義するものに非常に近いと考えるので、われわれはそれ相応に対応する。われわれの条約上のパートナーも同じ基準を有すると考えている」「一旦、その地点に至るや、われわれはルビコンを渡ったことになるであろう。それはレッドラインか? ほとんど確実にそれはレッドラインとなるであろう」
海警の粗野で乱暴なハラスメントは、ひよわで手なずけたと見做していたフィリピンがマルコス大統領の下で厳正な立場に転換したこと、フィリピンが米国との防衛協力を深化させつつあること、あるいは、フィリピンが南シナ海における中国の威圧的行動を積極的に公表して国際社会に告発する作戦に転じたとみられること、に中国が憤慨しているという側面が大きいように思われる。 他方、フィリピンはSierra Madreを現状のまま維持することに賭けているように思われ、フィリピンは補給を今後も続けることになろう。中国のハラスメントも続くこととなり、間違って制御の利かない衝突に転化する危険が継続することになる。
米国はどうかかわるのか
米国は米比相互防衛条約に対するコミットメントを確認し、条約は南シナ海にも適用されることを累次にわたり表明しているが、それだけでは、中国の海警と海上民兵による「グレーゾーン」の嫌がらせを抑止することはできない。上記社説には、どうしたら良いかの提言はない。 フィリピンにもう少し出来ることがあるのかも知れないが、米国が抑止効果を狙うなら、近傍における沿岸警備隊の艦船・航空機によるフィリピンとの共同パトロールが考えられるかも知れない。より直接的な関与となれば、米国が補給に関わり支援することであろうが、これは事態をエスカレートさせる危険が大きく、ハードルは高いといわざるを得ない。
岡崎研究所