「罰則がなくて実効性があるのか」…小池都知事肝いりで全国初「カスハラ防止条例」成立でも囁かれる「仕事やってる感」
どのような行為がカスハラに当たるのか
そうした経緯もあり、カスハラ防止という観点では、小池都知事を支える自民党と都民ファーストの会、公明党はもちろん、小池都知事と距離がある立憲民主党も賛同し、条例案の成立には何のハードルもない状況だった。 ただ、この条例案にはどのように実効性を持たせるか、という課題もある。 小池都知事は以前、肝いりで受動喫煙防止条例をつくった(2020年施行)。こちらは違反者に対し、喫煙の中止などを命令でき、違反者に対する罰則として過料も定めていた。 これに対し、カスハラ防止条例案には罰則規定を設けておらず、東京都の指針や業界団体のマニュアルがその運用を左右する立て付けになっている。指針には、代表的なカスハラ行為の類型を記載することになるが、具体的にどのような行為がカスハラに当たるのか、消費者の正当な要求やクレームなどとの線引きも簡単ではない。業種や業態によって接客の慣習は様々で、その定義は悩ましい問題だ。 条例案に対するパブリックコメントでは、「何でもカスハラ扱いされるのでは」という不安も聞かれた。顧客が商品・サービスに意見することを委縮させかねない、というわけだ。 小池知事の3期目の公約では、カスハラ防止条例のほかにも、「年収の壁」対策などを念頭に置いた女性活躍の推進に向けた条例を制定する方針だ。具体的なスケジュールは未定だが、東京都では有識者会議が設置され、検討が始まっている。こちらも小池知事肝いりである。
「仕事をやっている感」
ただ、東京都では既に、男女平等参画の促進をうたう「男女平等参画基本条例」があり、都庁内には「内容が被るのではないか」との指摘が出ている。むしろ、女性活躍の条例が必要ということは、現状の男女平等参画の取り組みが不十分であることの裏返しととられかねない。 実は、かつて東京都では石原慎太郎都知事時代の2011年、都議会が「議員提案」で定めた条例の実効性に疑問符が付いたことがあった。東日本大震災を受けてエネルギーの安定供給を狙った「省エネ推進条例」だ。 東京都や都民、事業者の責務を明らかにするとともに、省エネを推進するという基本理念などを定める内容。しかし、東京都の環境基本条例や環境確保条例で規定済みの内容が並んでいたことから、他党からは「あえて屋上屋を架す必要はないのではないか」との指摘も出ていたのだ。 この条例案は結局、内外の反対を押し切って可決されたが、石原都知事は当時、「気が抜けた炭酸みたいな条例をつくってどうなるのか」と不満を漏らした。条例に実効性があったかというと、再エネが十分に広がっているとは言い難い現状がそれを物語っているだろう。 条例案をつくるというのは公務員にとって、実務的には大変な労力を要する仕事だ。都庁幹部の一人はこの時の対応を念頭に、「条例案をつくると、分かりやすく『仕事をやっている感』が出るので、飛びつくのだろう」とみる。 もちろん、カスハラ対策も女性活躍も看過できない重大な社会的問題ではある。だからこそ、単なる理念でもなくアピールでもなく、実効性を持たせるための議論が必要なのは言うまでもない。 しかし、小池都知事が連発するそれらの条例案が実のあるものになるかどうか、極めて疑わしい情勢である。
デイリー新潮編集部
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