スウェーデンが緊急発行して全国民に配布する「戦争対応マニュアル」、ロシアの侵略・核戦争も意識した驚きの中身
■ 退避場所に関する具体的な「レベルチェック・シート」も掲載 【項目7】の「空襲時の避難」は、より具体的な中身で、迅速にシェルターや安全な場所に避難することが重要だが、軍事攻撃がある場合は、その地域からの脱出も考えなければならないと説く。 退避場所としてはスウェーデン国内に多数構築される「民間防衛シェルター」がベターで、衝撃波や爆弾の破片、核兵器の爆風・熱波、さらには放射性降下物、化学兵器のガス、生物兵器に対しても、他の避難場所よりも高い防護性能を発揮するという。 他の避難場所としては地下室、地下駐車場、地下鉄の駅も有効で、トンネルや壁も一定の効果が期待できると指摘している。さらに屋外よりも屋内の方がより安全だが、その際はできるだけ窓のない部屋を選ぶことが望ましいと説明。 また屋外で避難する時間がない場合は、とにかくその場で地面に伏せ、小さな穴や側溝があれば、迷わずそこにもぐり込み身を隠すことを求めている。 退避場所に関するレベルチェック・シートを、イラストとともに掲載している点も特徴的だ。防御効果の低い方から「屋外の小穴や側溝」→「トンネル内や橋梁の橋脚(壁)」→「窓のない屋内」→「地下室、地下駐車場、地下鉄駅」→「民間防衛シェルター」と記し、一目で分かるように工夫している。 核・化学・細菌(NBC)兵器の攻撃に対する避難に関しても、別コーナーで扱っている。一般の空襲と基本的には同様の避難方法としつつも、民間防護シェルターがベターだと指摘している。 一方、放射線レベルは数日で大幅に低下するとし、過度な恐怖を抱かないような配慮も忘れない。
■ 権威国家ロシアと対峙する日本にとっても参考になる中身 【項目8】は「自宅での備え」について。最低1週間自力で生活できる備えをすることが、結局は社会全体の備えに貢献すると説明。具体的に水、暖房、通信手段、食糧、現金、トイレなどに関するチェックリストを掲載している。 注目は「暖房」の項目だ。スウェーデンは国土の相当部分が北極圏内のため、冬季はマイナス20℃以下もざらの風土。防寒を怠れば死に直結する。 そのため、床に敷くカーペットや暖かい全天候型の屋外用衣類(ヤッケ、防寒ブルゾンなど)、ウール製衣服、厚手の靴下、ニット帽、マフラー、手袋など防寒対策については特に事細かく注意している。 「食料」の項目では「満腹感があり、カロリー豊富で、室温保存が利く」食品の備蓄を推奨している。 このあたりは日本での防災用備蓄食料の選択基準と大差ないが、追加ポイントとして庭やバルコニー、窓辺で食べられる植物の栽培を検討すべきとする点が特徴的だ。戦国時代に築城の際、武将たちは籠城を想定し、城内に松(松の実)や梅、柑橘類など実がなる樹木を欠かさず植えたが、まさに同じ発想と言える。 【項目10】の「民間防衛シェルター」では、冒頭に「特定の人に割り当てられているわけでなく、最寄りのシェルターに避難」と強調。全シェルターの詳細な位置も専用Webサイトから確認できるという。 その後は「心理的防衛」「テロ攻撃」「止血方法」や「気象現象」などの項目が続くが、ユニークなのが【項目18】で「ペットがいる場合」をわざわざ設けている点だ。 飼い主はたとえ戦争の際にもペットのケアと健康を確保する責任があり、最低1週間分の餌と水を用意すべきと規定している。 空襲の時にはペットを地下室やガレージ、地下鉄の駅などの「保護施設」に連れて行くことが可能だと説明している。スウェーデンではこうした避難場所には、かなりの確率でペットの保護施設も用意されていることを意味しているのだろう。 このほか、マニュアルには自分が不安に陥ったときの対処法や、怯える子供への接し方など多岐にわたり書かれており、国が一丸となって侵略に対処しようとする意気込みが伝わってくる。 英国戦略研究所(IISS)発行の『ミリタリーバランス』によれば、スウェーデンの兵力は冷戦終結直後の1991年で現役兵力約6.3万人(うち徴兵4.7万人)、予備役は70.9万人を誇り、この数字が抑止力となっていたと言ってもいい。 だが、やがて徴兵や予備役が大幅に緩和された結果、2023年には現役約1.5万人と志願制の補助組織約2.15万人まで落ち込んでしまっている。 このためスウェーデンは男女問わず健常な18歳以上の国民を対象に徴兵制を復活させた。兵役期間は基本11カ月で、毎年約1.3万人が召集を受け、実際はこの中から8000人ほどを新兵として迎え入れるという。 スウェーデンが改訂した「戦争対応マニュアル」は、侵略を意に介さず、核兵器をちらつかせて恫喝する権威国家ロシアと対峙する日本にとっても、大いに参考になる内容ではないだろうか。
深川 孝行