「30年で人口30%減」イタリア・トリノ、都市再生の道筋 フィアットとともに歩んだ伝統と革新が共存
都市として自立するために廃墟化する工業地帯を活用へ
1990年代、トリノは都市計画を練り直した。一民間企業に依存する都市運営ではなく、都市として自立する方法を模索したのだ。そこでキーワードとしたのが「脱工業化」だった。 まず取り組まれたのが、工業地帯の変革。不況の波に煽られて、幾つもの工業地帯が見捨てられた状態にあった。トリノ市はこうした工業地帯が適切に運用されることで、経済と雇用を促進し、環境再開発や都市再生に重要な資源となると考えたのだ。 今でも工業地帯を廃墟化させず、新たな使命を与えることで、周辺地域の活性化につなげたいとして取り組みを続ける。2019年には「TRENTAMETRO(トレンタメトロ)プロジェクト」という計画を発足し、外部からの投資を呼び込みながら再利用計画を推進している。 一連の工業地帯の変革で最初に取り組まれた場所が、フィアット最大級の工場「リンゴット工場」だった。元工場の建物自体は残しつつ、中にショッピングモールやアートギャラリーなどの多目的センターへ変身させた。2万7千平方メートル、総延長1キロにおよぶかつてのテストコースは、屋上庭園に生まれ変った。訪問者が実際に歩くことも可能となっている。 実際に歩いてみると、まちを一望できる快適さを感じつつ、普段歩くことのないサーキットを歩いているのはなんとも面白い体験だった。 かつてトリノに繁栄をもたらした、フィアット。オイルショックなどをきっかけに衰退の一途を辿ったが、今でも市民から愛されている。実際にまちではフィアットの車をよく見かけた。「フィアットがあったから、いまのトリノがある」。こんなふうに考える人にトリノでは出会ったほどだ。だからこそ、都市計画では使われなくなった工場を壊すのではなく、商業施設などに転換し、共存し続けている。
伝統と革新が混ざり合う都市
いかに持続的なまちづくりができるのか。トリノ市はずっと問い続けた。そこで、やはり見直さなければならなかったのが経済構造のあり方だった。 2008年、トリノ市のあるピエモンテ州はバイオテクノロジー、デザイン、ICTなどの12の分野でイノベーションポールを設立した。民間企業と研究センターを連携させ、それぞれで雇用を生み出している。実はピエモンテ州はイタリアで最も研究開発費が多い地域なのだとか。 またスタートアップも盛んになり、その数はイタリアの中でトップクラスとなっている。スタートアップを支援する動きも多く、その一つが「トリノシティラボ(旧トリノリビングラボ)」だ。トリノ市が推進しているもので、環境、モビリティ、観光といった分野で革新をもたらし、スマートシティの実現を目指すイノベーションハブとなっている。メンバーとなっているのはスタートアップ以外にも、中小企業なども参画。新しい技術や取り組みを共同開発したり、実証実験を行えるような環境が整備されているのは企業にはありがたい話だろう。 さらに2021年には新たに「CTE NEXT」が設立され、IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)、ブロックチェーンなどの5Gモバイル技術開発や実装を行う機関も誕生。さらに2023年には未来のモビリティ開発のため「Living Lab ToMove」という大型ラボが設立され、国も支援している。研究やイノベーションの拠点として発展し、海外からの優秀な人材も集まるようになった。 トリノは、フィアットという巨大な存在に支えられて発展し、一時はその衰退に揺さぶられた。しかし、伝統を大切にしつつ新しい技術やイノベーションを積極的に取り入れることで、再び活気ある都市として蘇っている。街のあちこちで見られるフィアット車が象徴するように、過去の栄光を忘れることなく、未来へと進化し続けるトリノ。この街は、伝統と革新が見事に交錯する場であり続けるだろう。
文:星谷なな /編集協力:岡徳之(Livit)