酷いブラックユーモア…大手証券会社が実施した進学校への出張授業の「絶望的内容」とそれを報じた日経の罪
■資本主義というゲームに参加できない人もいる 金融教育は若者だけでなく、大人にも必要かもしれません。ビジネスパーソンは、老後の資金や生活設計、ライフワークなどについていま一度、見直してみるべきではないでしょうか。 とりわけ、いまの日本では、「会社人間」の男性が、いまだに多いのが気になります。老後資金は貯めたものの、会社を退職後は「友人もいない、趣味もない」という人が少なくありません。“会社”という唯一所属するコミュニティーを離れると、途端に孤立してしまうのです。平均寿命は女性のほうが長いのに、実は、「孤独死」する人の7~8割が男性と言われています。 教育研究者の勅使川原真衣さんのイベントで、哲学者の近内悠太さんが、漫画『ゴールデンカムイ』のエピソードを紹介していました。 アイヌの村では、女性が出産するとき、ほかの女性たちは出産を手伝うのですが、男性たちにも「お湯を沸かせ」「布を集めろ」といった“仕事”を指示します。仕事にあぶれる男性もいるのですが、そうすると、「土間から臼を持ってきて転がせ」と言われるそうです。「臼には女神が宿っている」というアイヌの言い伝えがあって、安産に役立つと信じられていたからです。 この事例のように、コミュニティーの全員に「役割」を与えるのが重要ではないかと、私は思いました。日本経済では、生産性ばかりに目が向きがちですが、世の中にはリタイアしたシニアの男性のように、資本主義のマネーゲームに参加できない人もいます。 「移住ブーム」が起きているのも、資本主義のマネーゲームから離れて、地域社会の中で、「自分の役割を見出したい」という承認欲求が、背景にあるのかもしれません。 ■「新NISA」を契機によりよい未来はつくれる いまの日本社会には、受験にしろ、就職にしろ、SNSにしろ、本人の意思とは無関係に、参加を強制されるゲームが多すぎるのではないでしょうか。新NISAの「投資ゲーム」もしかり。「みんなやっている」「やらないと損」と周りからプレッシャーを受け、いつの間にか「勝ち残るにはゲームに乗るしかない」と、日本人は自分を追い込んでしまうわけです。日本語のできるアフリカ人が「日本は豊かなのに、自殺するヤツがいる。アフリカに来てみれば」と、驚きのコメントをインターネットで発信していました。 ゲームから降りて、いつでも逃げられるような場所を、社会で用意すべきではないでしょうか。 麹町中学校校長も務められた、教育者の工藤勇一さんと同じ「ある指標」を重要視してよく見ているのですが、最近驚くことがありました。それは、日本財団による「意識調査」で、日本・米国・インド・英国・韓国・中国の18歳を対象とした社会に対する意識調査を見たときのことです。 19年の日本財団の意識調査を見て、私はショックを受けました。「自分で国や社会を変えられると思う」と答えた若者が、日本ではわずか18%しかいなかったのです。他国では軒並み50%程度だったにもかかわらずです。ところが、同じ調査で、国や社会を変えられると思う日本の若者が22年には27%に増え、24年にはなんと46%にまで急増しているのです。 社会学者の宮台真司さんも、「講演などで増えているのは、逃げ切れない40代と日本がヤバいと思っている20代」と言っていました。若者の間で、人口減少、食料やエネルギーの価格高騰などに対する先行き不安感、危機感が高まっていることの表れでしょう。 若者が本気で社会を変えようと動き始めているなら、「日本にはまだ可能性がある」と、私は希望を見出しました。新NISAを好機として経済や金融の仕組み、矛盾を理解し、若者が正しい金融教育や情報によって活躍できる日本社会を、私たちで再構築していこうではありませんか。 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年9月13日号)の一部を再編集したものです。 ---------- 田内 学(たうち・まなぶ) 社会的金融教育家 1978年生まれ。東京大学工学部卒業。同大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。2003年ゴールドマン・サックス証券入社。19年に退社後、佐渡島庸平氏のもとで修行し、執筆活動開始。著書に『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)など。 ----------
社会的金融教育家 田内 学 構成=野澤正毅