韓国「本当の」戒厳令を経験した日本人留学生の回想、軍人によって抑圧された社会のリアル
■もの言えば唇寒しの時代 ――それからすれば、今回の戒厳令騒ぎにはそんな恐怖や緊張感が感じられませんね。 今回の戒厳令騒ぎのときに、戒厳令が解除されたことに対して「市民の勝利」「民主主義の勝利」との声が聞こえました。 でも、当時の様子を知っている者として、本当の戒厳令下の社会では「市民」の「市」の字も、「民主主義」の「民」という字を言おうとした時点で、さらに極端に言えば「反対!」という拳を挙げようと腕を動かそうとした時点で、当局からすぐさま拘束されただろうと思ってしまうのです。
北朝鮮と対峙していることが韓国社会の緊張感につながっていることを先に述べました。それも大きな理由だったとは思いますが、結局は朴正熙も全斗煥も自分の身の安全のために国家、国民を巻き込んだだけです。そのために、国民の人権を犠牲にしてでも戒厳令を布告した。こういったことを尹錫悦は知っていたのでしょうか。 当時は令状なしの拘束や言論の自由と言論機関への抑圧もひどかった。検閲もあり、後に全斗煥は「言論統廃合」と称して反政府的な媒体を廃刊に追い込み、記者たちも拘束・解職させました。
これは朴正熙時代でも同じです。反政府的な内容の記事は検閲で削除され、全国紙『東亜日報』などは削除された部分を白いまま発刊させられたこともあります。本当に「もの言えば唇寒し」の時代でした。 今回、民主化が進んでいたことが韓国にとって本当に幸いでした。それゆえに、尹錫悦がなぜ「戒厳令」という手段を選んだのか。不思議でなりません。
福田 恵介 :東洋経済 解説部コラムニスト