「奇跡のバックホーム」の横田は28歳で夭折。怪童”中西や〝フォークの神様”杉下も旅立つ【2023年に世を去った日本球界のレジェンドたち】<SLUGGER>
●横田慎太郎(1995年6月9日~2023年7月18日/享年28) ロッテで活躍した横田真之を父に持ち、3年ドラフト2位で鹿児島実高から阪神へ入団。桧山進次郎の背番号24を継承し、”糸井嘉男2世”と呼ばれたほどの身体能力を誇りながら、17年に脳腫瘍を発症。一度は寛解したが再発し、19年限りで引退を余儀なくされた。ファームでの引退試合では、センターの守備位置からノーバウンド送球で本塁に突入した走者を刺し、現在も”奇跡のバックホーム”として語り継がれている。 今年7月15日に28歳で死去。1週間後に阪神は一軍・二軍両方で追悼試合を開催。一軍のゲームは同期入団の岩貞祐太と岩崎優が登板して勝利を飾り、試合後はナインが全員で空に手を掲げて哀悼の意を表した。日本シリーズのパブリック・ビューイング会場となっていた甲子園では、第7戦の9回裏直前に横田の登場曲「栄光の架橋」が流された他、日本一決定後には現役時代のユニフォームが阪神ナインに胴上げされた。 ●中利夫(1936年4月28日~2023年10月10日/享年87) 走攻守に職人芸が光った60年代ドラゴンズのリードオフマン。とにかくしぶとくボールに食らいつく打撃で、67年には首位打者を獲得。ギリギリまでボールを引き付けるスタイルから史上最多の打撃妨害21回という珍記録も持っている。引退まで一つのグラブを使い続けたというこだわりのセンター守備も、かの長嶋茂雄が「ヒットを何本取られたか分からない」とこぼすほどだった。 中日ひと筋18年で72年に引退し、コーチを経て78~80年には監督としてチームを指揮。第一線を退いた後もドラゴンズのOB会会長を務めるなど、野球人生の大半を中日とともにしていたが、一時期は広島のコーチも務め、この時には前田智徳を指導している。 構成●SLUGGER編集部
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