100年後も残したい名作『風が吹くとき』 リバイバル上映で考える繰り返してはならない現実
核戦争の脅威を描き、世界的なセンセーションを巻き起こした長編アニメーション、映画『風が吹くとき』が8月2日からリバイバル上映されている。本作は、1986年にイギリスで制作され、翌1987年に日本でも劇場公開された核戦争の恐怖を強く訴える物語である。 「スノーマン」や「さむがりやのサンタ」で知られる作家・イラストレーターのレイモンド・ブリッグズの同名原作を、⻑崎に住む親戚を原爆で亡くした日系アメリカ人のジミー・T・ムラカミが監督した映画で、アヌシー国際アニメーション映画祭最優秀作品賞を受賞した作品でもある。音楽を「原子心母」「狂気」で知られる元ピンクフロイドのロジャー・ウォーターズが手掛け、主題歌「When the Wind Blows」はデヴィッド・ボウイが担当。 今年2024年、アカデミー賞7部門を受賞した『オッペンハイマー』が日本公開となった。監督のクリストファー・ノーラン監督は、オッペンハイマーという題材を選んだ理由を問われた際「私が育った1980 年代のイギリスは核兵器や核の拡散に対する恐怖感に包まれていたんです」と語り、幼少期に本作を観ていたとも話している。 映画界で原爆が注目された今年に、100年後も残したい歴史的名作と言われる本作の鑑賞をおすすめしたい。
核戦争における脅威の描き方
レイモンド・ブリッグズの絵本を読んだことがある人なら、あの温かみのあるタッチから核兵器の恐怖がどう描かれるのか、想像するのが難しいことだろう。しかし、あの愛らしさがあればこその恐怖なのだ。 主な登場人物は、イギリスの片田舎で年金暮らしをするジムとヒルダの平凡な老夫婦。2度の世界大戦をくぐり抜けた2人は、ラジオで、新たな世界大戦が起こり核爆弾が落ちてくる、という知らせを聞く。そして核爆弾が炸裂、凄まじい熱と風が吹きすさぶ。生き延びた彼らは、すべてが瓦礫と化した家で、普段どおり日常生活を始めるのだが‥‥。 「わしは戦争経験者だ」と言いながら、ジムは政府が配布した「PROTECT AND SURVIVE」(守り抜く)というパンフレットに従って、自宅に核シェルターを作り始める。しかし、これにまず唖然とする。ドアとクッションを壁に立てかけただけなのだ。あまりに滑稽なマニュアルだが、この冊子は実際に存在し、1974年から1980年まで英国政府がテレビCMやリーフレットなどで配布していたものだそうだ。こうした政府の姿勢に強い憤りを抱いたことも、ブリッグズが「風が吹くとき」を描いた理由のひとつとなっている。 先の戦争体験を懐かしみ、他愛のない会話をする夫婦は、危機感もなく、どこか他人事で違和感を覚える。しかし、「戦時に国に従うのは義務なんだよ」と、政府の教えを盲目的に信じる姿も、「やられる時はみんな一緒だ」と、現実を直視した結果からくる諦めにも似た投げやりさも、典型的な無知で善良な国民が有事にし得る行動なのだろう。 ジムとヒルダ、彼らが仲睦まじくあればあるほど、重く苦しく胸を締め付ける。 お茶を沸かし、朝食を食べ、新聞や牛乳を待つ、いつもどおりの生活を送ろうとする彼ら。けれどそれはままならない。普通の日常が取り戻せなくなった姿は、いま生きているのか死んでいるのかすら、観客にはわからない。 リバイバル上映された『風が吹くとき』は日本語吹替版は大島渚が日本語吹替版の監督を担当し、老夫婦のジムとヒルダの声を森繁久彌と加藤治子が吹替ている。我々の心に入り込むように大島が吹替演出したセリフ、森繁と加藤の淡々とした演技。日本人なら吹替版を強くおすすめする。 本作は戦争反対!と声高に叫んでもいなければ、ケロイドのようなグロ描写もない。ただ「もし3分後核兵器が投下されたら、人々はどう動くか?」を描いているだけだ。 当時は冷戦真っ只中。多くの人々が核戦争の脅威を身近に感じていた。そんな時代でも人は無自覚で無知、政府は無責任と描かれている。この状況、果たして現在と何が違うのだろうか?