“はやった”っていう自覚がない、真ん中にいたこともない――back numberが語る「サブスクに向けていない音楽」
清水「結果的に、その時代、その時々に、きちんと誰かの人生に届いた瞬間があって。だから今回も何の奇もてらわない、俺たちの今が(最新アルバムで)出せているんじゃないかと。『水平線』って、コロナがなかったらできていない曲。もしもこの曲を差し出してコロナがなくなるのなら、喜んで初めから差し出しますけど。だから人を救ったよね、ということでもないんです。今回アルバムに入れたことで、やっと届く人もいると思うので、だからたぶん、『水平線』は終わっていないし、このback numberはこれからスタートなんだなと考えると、実は置き去りにしてた人もたくさんいるなっていう」 「一番声の大きいサブスクに向けてやりすぎたよね」と清水が言うと、小島と栗原がうなずく。デジタル配信を受け取る環境がない人たちを、置き去りにしていいのか。どうしたら、みんなに音楽を届けられるのか。3人で何度も話し合ってきた。 小島「back numberってなんだろうって、初めての人にも、このアルバムを聴いてもらえたら、今の自分たちを分かってもらえるという自信があります。これが、今の3人のグルーブ感。最新の最善という感じがして、それを自分たちも楽しめたので」 栗原「新しいプロデューサーの方や、地元の同級生に編曲を頼んだり、新しい風もあるんですけど、この3人が『せーの』で音を出してやったら、結局それは俺たちでしかないなっていう。3人の呼吸感、日々のそういうものをギュッと詰め込むことができたかなと思います。スタジオで自由に『曲、どうしよっか』みたいにやっている時間が一番楽しいので」
聴いて何かが残ることが一番重要
関係性や音楽作りにおいて、何かルールを設けているのだろうか。 小島「3人が出したものが、最終的にいい形になって、積み上がっていく状態があれば。いいものができれば、それでいいという感じではありますね」 栗原「曲が一番大切ということじゃないですか。曲が完成するためには、自分たちのエゴはそこに入れないということかな」 清水「それはあるね。きっとね。前よりも柔らかくなった気がするし。ただ、前よりも一人ひとりの顔が見えるほうがいいという話は増えました。ソロアーティストみたいなバランスでは違うし。ここのプレーは和也の顔が見えるねとか、この手の感じが寿だよね、というものが、曲の中に見えたほうがいい気がしていて。ルールのようなものを少しずつマイナーチェンジして、曲がアップデートされていくという感じはあります」 年末の紅白出演から、年明けの最新アルバムリリース、5大ドームツアーと、2023年はますます注目を集めそうなback number。愛される理由は、彼らの聴き手に対する姿勢にある。それは「水平線」で描かれたような、何かの陰に隠れてしまったものごとにも光を当てる、こまやかで優しい視線だ。 清水「天地がひっくり返っても、ずっと応援してくれたファンは不幸にしたくない気持ちがあって。back numberを聴いたことはない人に対しても、その人のためにできる何かがあるというか、手を伸ばすことをやめちゃいけないと思う。自分の意思でアルバムやライブのチケットを買ってくれる人がいる、その人たちにもそれぞれの人生があって、俺たちはそこから目をそらさないようにしたい。その場をカッコよく乗り切ればいいとかそういうことではなくて。『すごかった』じゃなくて、『あ、なんか残った』というか。その人の明日に何かが残るということが、一番重要だと思うから」