全国チャンピオンが自ら淹れる1杯 木立に囲まれた小さな店「ブリューマントーキョー」(東京・代々木)
【&M連載】口福のコーヒー 飾らぬ人柄にもひかれ 絶えない客足
代々木と南新宿の間の閑静な住宅街の一角に店を構える「Brewman Tokyo(ブリューマントーキョー)」。店内はフリーのスタンディングスタイルで、店先にベンチがひとつとチェアが3脚ほど。メニューにフードはなく、扱うのはコーヒーのみという至ってシンプルなこのカフェのオーナーは、日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)が主催する「ジャパン ブリューワーズ カップ 2022」の優勝者・小野光さんだ。同年の世界大会には日本代表として出場し、2017年と2019年、2023-2024年の大会でも2位に入るなど、プロの人たちからの信頼も厚い実力派で、業界内のファンも多い。 【画像】もっと写真を見る(10枚) 知らずにふらりと立ち寄るのは難しそうな奥まった場所にあるにもかかわらず、客足は途絶えることなく取材の合間も1人、2人とやってきて、ひとしきり小野さんと会話を交わした後、ドリンクやら豆やらを買っていく。場所がら常連が多いかと尋ねると、もちろん足しげく通ってくれる近所の人も多いが、遠くからわざわざ来てくれる人も、最近はグーグルを見て来たという海外の客も少なくないという。 そんな小野さんだが、岩手県の飲食店で働いていた時に、知人から「オーストラリアのメルボルンはコーヒーの文化が成熟している街だから行ってみては」と勧められた。英語が苦手なうえにコーヒーも素人。でもきっといい経験になるという言葉に背中を押され、単身でメルボルンへ。今ではよい思い出だと笑う数々の困難を乗り越えながら、何とかコーヒー人生をスタートさせた。 ただ、そこからの勢いがすごい。香港出身のパートナーと結婚後、香港で「ブリュー・ブロス・コーヒー」を立ち上げ、オーナーバリスタとして活躍し、7年で3店舗をオープンした。 その間に、2016年にワールドブリューワーズカップの世界大会で粕谷哲さんが日本人初のチャンピオンになったことに刺激を受け、世界一の指導を受けたいとコンタクトを取った。そして、翌年の日本大会で準優勝。その後も研鑽(けんさん)を重ね、ついに2022年にチャンピオンになった。 その輝かしい実績を引っ提げて、2023年にオープンしたのが現在の店だ。今でも競技会を目指す人たちのコーチングやセミナーなどの活動を続けながら、店を切り盛りしている。 日本を代表するバリスタの1人となった小野さんだが、店ではもちろん小野さんが自ら淹(い)れる最高の1杯を飲むことができる。 この日に勧めてくれたのは「エチオピア グジ ウラガ」のウォッシュト。非常にバランスがよく、雑味のないクリーンな味わいはティーライクで、ケーンシュガーの甘い香りにライムのような柑橘(かんきつ)系のフレーバーも。 もう1種類は「コロンビア エル ディマンテ」のアナエロビックナチュラル(嫌気性発酵のナチュラル製法)。この精製法に特有の芳醇(ほうじゅん)な香りに、ブドウやカカオのフレーバーを感じるミディアムボディーのコーヒーだ。どちらも雑味は皆無で、どこまでもクリーンな味わいだった。 シーズンにもよるが、扱う豆は5種類から7種類ほど、すべてシングルオリジンだ。オリジナルの「ブリューマンセレクション」は、焙煎(ばいせん)も自身で行うが、競技会や品評会で評価の高いトップロットは、付き合いのあるコーヒーロースターから仕入れてゲストビーンズとして販売している。 小野さんの人柄にひかれてか、店にはプロアマ問わずいろいろな人が訪れる。小野さん自身も、カフェをやっていなければ知り合うことのない人たちと知り合える楽しさがあるという。 チャンピオンの店と聞くとついつい構えてしまうが、実際には驚くほど敷居が低い、なんとも居心地のいい空間だ。せっかく自分の店を開いたのだから、フロントに立ち、お客さんとコミュニケーションを取りながら、1杯1杯コーヒーを淹れることにこだわりたいという。「やっぱり、コーヒーが好きだから、『おいしい』の言葉が何よりの喜びです」 自分が目指す理想のコーヒー像は、それはそれであるが、結局は嗜好品。これが正解なんていうものはないので、気軽に楽しんでほしいという。チャンピオンが淹れる最高の1杯を楽しみつつ、ゆったりとしたコーヒータイムを満喫できる。コーヒー好きにはたまらない店だ。 ブリューマントーキョー(Brewman Tokyo) 東京都渋谷区代々木3-13-1 SMI:RE YOYOGI 1C https://www.instagram.com/brewman_tokyo/ ※営業日はインスタグラムで確認 ■著者プロフィール 熊野由佳 ライター&エディター 徳島県出身。外資系ジュエリーブランドのPRを10年以上経験した後にフリーエディターに。雑誌やWebを中心に、旅、食、カルチャーなどをテーマに執筆中。無類の食べもの好きでもあり、おいしい店を探し当てる超(?)能力に恵まれている。自分の納得した店だけを紹介すべく、「実食主義」を貫く。2020年~2024年には「口福のカレー」を連載し、96店を実食した。カレーに勝るとも劣らないコーヒー好きが高じて、2年前からインド発コーヒーブランドの広報も担当。新連載「口福のコーヒー」では、コーヒーをもっと楽しむための耳寄りな情報を発信中。
朝日新聞社