4か国語を操る「戦国の姫」熊本城でおもてなし 独学1年、現地で韓国人と間違われるまでに
八十姫が生きていたのは江戸時代。当時から多言語を使いこなしていたのでしょうか? 八十姫「まったくでござりまするな。少し武器が使えるとか、いい母・いい妻になることの方が当時は大切でございますので、外国語を勉強することはござりませんでした」 ■独学1年で韓国進出 勉強方法は「インターネット」 複数の言語を使いこなす現代の八十姫。留学経験はなく、インターネットの自動翻訳などを駆使し、約1年で韓国語と中国語を習得したといいます。 八十姫「おもてなしで使える文章を準備して覚えて、そこからお客様と話しているうちに言葉が少しずつわかってくるので、それをどんどん取り入れて語彙(ごい)を増やしていくというやり方」 ――八十姫もインターネット使うんですね 「もちろんでございます、我らもいっぱいインターネット使いまするよ」 こうした努力の甲斐もあり、10月上旬には初めて韓国のイベントにも参加し、海外にも活躍の場を広げています。 現地で韓国人と間違われることもあったという語学力は、ともに活動する大名たちからも一目置かれています。 熊本城おもてなし武将隊 黒田官兵衛「言葉の壁を八十姫が取り除いてくださることで、(熊本が)おもてなしが充実した街だと発信できるのはすばらしいこと」 そんな八十姫が次に習得を目指す言語は? 八十姫「次は、島津様に鹿児島の言葉を習わないといけませんので」 熊本城おもてなし武将隊 島津義弘「おう、そうじゃな。薩摩と都城のことはわしが教えたるよ」 八十姫「ぜひとも!そしたらまた2言語増えまするね」 島津義弘「いや、あれは日本語という一つの部類なんじゃ」 八十姫「7か国語くらいになりますから」 島津義弘「〇か国語で数えるな!」
熊本放送