イカのにぎりはワサビ、レモン汁、塩で。

パリの中心部、ポンヌフのたもとにそびえるホテル「シュヴァル・ブラン パリ」に誕生した日本料理レストラン「HAKUBA」。3人の卓越したシェフたちが織りなす斬新な味わいが、世界の食通たちを魅了する新たな美食の場となっている。 【写真を見る】料理の内容をチェックする。

HAKUBAの挑戦

2024年3月5日、パリの高級ホテルメゾン「シュヴァル・ブラン パリ」に、新しい日本料理レストラン「HAKUBA」がオープンした。パリで10年を過ごし、ミシュランの星を獲得した渡邉卓也（わたなべ・たくや）シェフが、次なる挑戦の場として選んだのがこのプロジェクトだ。 アルノー・ドンクルシェフは2013年、当時35歳という最年少でミシュランの3つ星に輝いたサン・トロペの「ラ・ヴァーグ・ドール」を兼任する。料理長を務める「シュヴァル・ブラン パリ」の看板レストラン「プレニチュード」で辣腕を奮い、こちらもミシュラン3つ星を獲得している。 シェフパティシエはマキシム・フレデリックが担う。フォーシーズンズホテル・ジョルジュサンク・ パリから引き抜かれ、HAKUBAが入る前のレストラン「リンバー」でパティシエを務めていた。 渡邉シェフがシュヴァル・ブランに出勤し始めた2023年当初はキッチンも整っておらず、デスクワークが中心だった。ドンケルシェフとの本格的な料理のディスカッションが始まったのは、2023年末頃からだという。 「実際にアルノーと料理を作って、ああして、こうして、じゃあフレンチのこういうの入れたらどうかなとか、そういうディスカッションを始めたのが、たぶん年明けだと思うんです」と渡邉シェフは回想する。「アルノーとは会ってまだ1年も経っていないんですが、もう30年くらい一緒に働いているような感覚があります」 ■伝統と創造の融合 HAKUBAで提供するのは、3人のシェフたちのイマジネーションが融合した「OMAKASE」スタイルのみ。ディナーコース「Yume」（380～420ユーロ）は、お腹をあたためるためのスープと、刺し身、アワビのリゾットなどのアペリティフからはじまる。ドリンクと“おつまみ”を楽しんだあとは、いよいよメインの寿司だ。10貫の合間にそばやさかなの炙りが供されることで、飽きることなくより鮮明に旬のさかなを味わいながら、吸い物、デセールで締めとなる。 木曜日から土曜日のみ、「Yume」の内容から寿司が2貫減っただけでほぼ同じ内容であるにも関わらず、180ユーロと比較的リーズナブルに楽しむことができるコースランチ「Shunkan」も提供する。 どの皿も日本料理の伝統とフランス料理の創造性を融合させ、新しい味わいの探求が続けられているが、いわゆるフュージョンではないという。 「日本料理として完結させながら、フランスの食材や技法を取り入れているのです」と、渡邉シェフは強調した。 とくに寿司に対しては提供方法をイチから考え直す。ドンケルシェフから「なぜ寿司は、シャリ、わさび、魚、醤油という同じ組み合わせでしか出さないのか」と問われたことをきっかけに、渡邉シェフは寿司の提供方法を再考した。 「純粋に疑問だったんだと思います。でも、僕も同意見でした。日本に帰って寿司を食べると、どうしても最後には飽きてしまう。ナマモノばかりでなく、途中で揚げ物や焼き物を挟んで口の中をリフレッシュしたいと感じていたので、『僕もそう思うよ』と伝えたんです。まさか僕が同じような考えを持っているとは思っていなかったようで、彼のほうが驚いていましたね」 熟考の末、おまかせコースの途中に焼き物や揚げ物を提供することにした。また、さかなの種類によって醤油や薬味を変えるなど、多様な味わいも追求した。たとえば、牡蠣にはわさびの代わりに、唐辛子を雪の中で寝かせた「かんずり」をアクセントとして用いる、といった具合だ。 シェフパティシエが在籍するHAKUBAでは、当然、デセールも提供する。マキシム・フレデリックシェフのセンスを生かし、和の要素を取り入れた皿が並ぶ。たとえば、リオレ（米を牛乳で煮たフランスの伝統的な菓子）を日本米で作り、黒米を使って繊細な細工を施したものなど。 もちろん、フランスワインや日本酒などとのペアリングコースもある。シュヴァル・ブラン パリのワインディレクターであるエマニュエル・カデューは日本酒への造詣も深く、鮑リゾットに而今 千本錦 火入れや、エビキャビア軍艦にドメーヌ・ルフレーブのバタール・モンラッシェなど、HAKUBAならではの味わいを提供する。 これらの料理は、徹底した試作と試食を繰り返して生まれるのだという。「新メニューの開発には何十回もの試作が重ねられます」と渡邉シェフ。「大きな変化ではなく、小さな変化の積み重ねが大切なんです。それが自分たちを作り、自信になり、ぶれなくなる」 渡邊シェフは、未来への展望も語る。「10年後、20年後、このスタイルがひとつのジャンルとして確立されることを目指しています。フレンチでもない和食でもない、新しいジャンルの料理がここから世界に発信できるかな、と思ってやっています」 HAKUBAは、日本料理の伝統とフランス料理の創造性を高い次元で融合させた。すでに料理に国境はないが、それでも再現するハードルは高い。LVMHのホテルブランド、「シュヴァル・ブラン パリ」で、日本料理として看板をはる重責をHAKUBAは誰よりもわかっている。そしてそれが味に反映されているのだ。その心意気を含め、一度は味わってみることをおすすめする。 ■HAKUBA 住所：Cheval Blanc Paris, 8 Quai du Louvre, 75001 Paris, France TEL：+33 1 40 28 00 00 営業時間：火曜日～土曜日ディナー： 19:30、20:00、20:30 木曜日～土曜日ランチ：12:00、12:30、13:00 URL：HAKUBA