<dogS ~ 仲良き事は美しき哉 ~>#3 犬同士の自由を保証する「空間」と「自己責任」の文化
犬は、人と共に生きることで繁栄してきた。人と犬との絆は、間違いなく素敵だ。一方で、犬同士のコミュニケーションは、時に畏怖を感じるほど純粋なものに映る。人が安易に踏み込んではいけない聖域が、そこにあるように思えてならない。犬同士が織りなす美しき世界。カメラを手に、少しだけお邪魔した。【内村コースケ/フォトジャーナリスト】
ベルリンの街角で、犬たちだけが先に帰ってきた
もう7年ほど前のことになるが、ドイツのベルリンに通って街頭スナップを撮っていた時期がある。ある日、とある地下鉄駅近くのアンティークショップの前を歩いていると、ドイツでは珍しいフレンチ・ブルドッグが1頭、また1頭、計3頭が小走りでやってきた。犬たちは店の前の歩道に着くと、思い思いの姿勢で休憩に入った。 それから15分後くらい経ってから、ジャージ姿の飼い主の女性店主がやってきた。「近くの森を走ってきたの」と涼しげに言う。さて、ここまでで日本ではありえないことがいくつか。まず、犬たちがノーリードで町を走ってきたこと。それも、3頭が飼い主よりも先に、バラバラに帰ってきた。要は、一緒にジョギングに出たが犬の方が走るペースが早いので思い思いに帰ってきたというわけなのだが、日本だったらすぐに通報されるか、車に轢かれているだろう。
「Lauf!」の号令で犬同士の世界に解き放たれる
彼女らが走ってきたのは、ベルリン郊外に広がるグリューネヴァルトという広大な森だ。そこにある湖の一部は、「犬専用ビーチ」になっている。グリューネヴァルト自体は東京の練馬区くらいの広さがあるので、湖の一部と言っても日本のドッグランとはケタが全く違うし、当然柵もない(必要がない)。
ドイツでは犬がノーリードで歩いているのはごく普通のことだ。普段は飼い主から半径10m程度の中で呼び戻しや行動のコントロールができるように躾けているが、状況を選んで「Lauf!」という号令で解き放つこともある。直訳すれば「走れ!」というような意味になるが、「飼い主には犬に自由な行動を保証する義務がある」という何ともドイツ的な理論を実行する時に用いる号令なのだ。つまり、「Lauf!」と命じられた犬は、「人間社会」から駆け出して、犬同士の世界で自由に遊ぶ一時を与えられる。 グリューネヴァルト・ゼー(湖)は、「Lauf!」された犬たちのパラダイスである。恐らくは初対面も相当多いであろうあらゆる犬種が、水に、森に、共に駆けまわっている。飼い主たちはなるべく干渉を避けるかのように、少し距離を置いて見守っている。