EVなのになぜ2CVの既視感が透けてくるのか|シトロエンの4代目C3の繊細なタッチに驚いた
「華の都」とか「光の街」といった別名とは裏腹に、パリおよびパリジャン・パリジェンヌはガサツさと戦闘的な態度で鳴らす、そういう街でもある。街並や建築はもちろん美しいが、近寄ってみれば細かい粗がけっこう目立つのは知られた話で、だからこそ文明の粋、その昇華といえる洗練や美が尊ばれる側面がある。そしてシトロエンはただフランス車であるのみならず、パリ発の自動車メーカーであることを自ら任じて止まないことを忘れてはならない。 【画像】シトロエン新ロゴ第1号、4代目C3にいちはやくヨーロッパで試乗!(写真22点) 新型C3は、本国CMの動画で、「EVはもはやエリート層だけのものではない」というメッセージを打ち出している。映画「マリー・アントワネット」ばりのシャトーでの貴族的なガーデン・パーティの情景に、デヴィッド・ボウイの「サフラジェット・シティ」が突如流れC3数台が乱入して暴れ回り、発煙筒を提げた暴徒と並走しながらエンディング‥‥そんなCM映像なのだ。この「革命的」なことが即了解される映像を、下院が解散したばかりのフランスで五輪直前期に流すという、不謹慎スレスレというか忖度なしのユーモア、ようは風刺の感覚がとてつもなくパリっぽいと思う。ゼロエミッションとか次世代を見据えた環境への配慮は、EUの行政ロジックから押しつけられるものではなく市民の側、大げさにいえばドライバー個人の権利や尊厳と結びついているという、話でもある。 だから4世代目となる新しいC3の開発で重きをなしたコンセプトは「大胆さ」と「ヴァリュー・フォー・マネー」だった。日本仕様にはおそらく用意されないピュアテック100psの6速MT仕様は1万4490~1万9200ユーロ、ピュアBEVであるë-C3は2万3300~2万7800ユーロと、相当に抑えた設定となっている。円安のせいで約247万~326万円、あるいは約396万~472万円と換算しても実感が湧きづらいが、最新鋭の欧州Bセグ・スモールとして使い勝手でもデザインでも我満のない「お値打ち」感を目指したというのだ。4世代目はICEはガソリンのMTのみ、年内に生産が始まる予定の48VのMHEVはeDCT6速が組み合わされ、BEV同様に日本導入の可能性が高い。 今回はBEVをメインにICEの6速MTに試乗。「YOU」と 「MAX」というふたつのトリムがあるうち、いずれもよりシックな後者の仕様で、オーストリア/ハンガリーの国境近くのリゾート、ヴァイデン・アム・ゼ―でステアリングを握ることができた。 BEV版こと「ë-C3」はWLTPモードで320㎞の航続レンジを掲げており、44kWhのリン酸鉄リチウムバッテリー、そして日本のNIDECとのジョイントベンチャーによって欧州生産する83kW (113ps)の電動モーターで前車軸を駆動する。プラットフォームはë-C4などで採用されるCMPではなく、「スマートカー・プラットフォーム」に刷新された。これはバッテリー搭載位置などを最適化しつつパーツ点数を従来比で30%以上も減じた、BEVネイティブでありながらマルチパワートレイン対応を旨とするプラットフォームだ。実際、新しいC3が現行型と共用するコンポーネンツはブレーキディスクやキャリパーぐらいだそうで、大幅なコスト削減が図られている。 とはいえデザインは内外装とも、大胆に新機軸を打ち出してきた。流水で磨かれた小石のようなサーフェスをもつ現行C3と異なり、エッジの立った「抉り」を多用したエクステリアだが、実車を目の前にすると筋肉質であるよりは幾何学的に削られていることに気づく。フロントグリルからリアガーニッシュに繋がるショルダーラインを強調し、歴代シトロエン独特の4輪の踏ん張り感にこだわったポスチャーなのだ。もちろんこの踏ん張り感は、バネ足でもハイドロでもあらゆる動的局面で地面を捉えて離さない、シトロエン独自のロードホールディングを象徴しているものだ。 幅の異なるブロック状のLEDを3本、組み合わせたような新しいライトシグネイチャーはハンサム顔で全体として大胆ではあるが、オンライン画像で見るよりも、車全体としてファニーで親しみやすい雰囲気を漂わせている。いってみれば徐々にジワジワくるエクステリアデザインなのだ。ちなみに先代のハッチバックからSUV風プロポーションとなって、存在感ごとボールドに見えるものの、全長4015㎜と全幅1755㎜(すべて欧州発表値)は+5mmと+20㎜程度の拡大に収まっており、サイズや取りまわしは変わらないといっていい。全高1577㎜(ルーフレール含む)という縦方向にだけ+80㎜ほど伸びているが、どうやらバッテリーを積むことで重心を下げられるからこそ垂直方向に伸びて、走りを犠牲にすることなく快適性を刷新することを可能にした、そこに新型C3(ë-C3)の妙味がありそうだ。 一方でインテリアは、身体を滑り込ませた瞬間から乗員を心地よく包み込む工夫に満ちている。「アドバンストコンフォート」を採用したシートは従来比+10㎜厚く、単なる座り心地以上に、Bセグ・スモールとして望外のゆったり感とホールド性の良さを実感できる。ダッシュボードの下段にはスリットや編み込みモチーフをあしらったファブリックが張られ、プラスチック部分にも「グレーディング」と呼ばれる溝状の模様が彫り込まれ、質感にチープさはない。水平基調で物入収納を兼ねる意匠は、往年の2CVにも通じるところだ。 またグローブボックスを開けると、蓋の裏に列をなした往年のシトロエンが彫り込まれているのも可愛らしい。操作感の確かなエアコン類のトグルスイッチや、スマホのワイヤレス充電トレイ、10.25インチのタッチスクリーンなど、基本の快適装備に手抜きや安っぽさは一切感じさせない。メーターパネルはヘッドアップディスプレイでこそないが、同じぐらいステアリングの軸線上、前方遠くにステアリング上から視認するミニマルなタイプだ。エルゴノミーと美観を巧みに両立させたこのインテリアテーマは「C-ZENラウンジ」と呼ばれ、今後も他のモデルに反映されていくはずだ。 湖の畔ということで、BEVの好むフラットな道を予想していたら、緩やかだが長いアップダウンのあるコースで、いい意味で肩すかしを喰った。120NmとトルクはBEVにしてはごくごく細いが、1.4トン強のボディをドライバーが望む速度域まで痛痒なく引っ張り上げる。むしろアクセルを踏み込んでも、ロスにならない制御が働いていて、唐突な加速を始めることもなく135㎞/hでリミッターが設定されている。無駄に筋肉を見せるそぶりすらなく、冷ややかに構えているようなところが、ë-C3の魅力でもある。大胆で賢く、乗る人の快適性には妥協しないというキャラクターなのだ。 だがパワートレイン以上に印象的なのは、アドバンストコンフォートサスペンションだ。つまりダンパー・イン・ダンパーのPHC(プログレッシブ・ハイドロ―リック・クッション)によって、初期減衰の立ち上がりから粘る領域まであらゆる凹凸を滑らかに吸い込む。大げさでなく、パッチ路面の不整や、普通ならガタピシ音の出そうな継ぎ目まで、鷹揚にスムーズに呑み込み、車体の姿勢を巧みにコントロールする。BEVには車重と相殺するために固めた足まわりが災いして、とくに低速域で突っ張ったり、平滑路ではフラットでもバンプに弱くて足元がドタバタする車が多いが、ë-C3はただの一度の粗相も見せなかった。 だから実際、必要十分のトルク&パワーを備えたパワートレインで、適度に曲がりくねったカントリーロードを走らせていると、モダン・コンフォートは確かだが、懐かしい感覚すら蘇ってくる。動的質感の上で、2CVの系譜に繋がっていることをë-C3という電動化時代のスタンダード・モデルは強く思いおこさせるのだ。ダッシュボードの意匠やBピラー辺りを補強する天上のブレースも、2CVを彷彿させる。 平たくいえばそう、画像で見る限りはかっちりと硬派一辺倒に見えたが、アナログな感覚の琴線に触れるツボをBEVなのにキチンと押さえている、そこが新型ë-C3の美点であり凄味だ。一見、空気を読まない剛直アティチュードのようでいて、じつは繊細で、あまつさえ古典的なコードとも韻を踏んでいる。歴史あるパリの自動車メーカーとしての「シトロエンらしさ」が2020年代半ばの空気に沿って、新しく表現された一台といえるのだ。最後になったがそう、シトロエンの新ロゴ第1号にふさわしい一台という訳だ。 文:南陽一浩 写真:シトロエン Words: Kazuhiro NANYO Photography: Citroën
Octane Japan 編集部