会社に壊されない生き方 (3)モバイルハウスで得た「生きることへの自信」
自前の太陽光発電システムで使用する電気を自給
スマートフォンの充電や照明、オーディオ用の電気は、出力50Wの太陽光発電パネルやバッテリーなどを用いた自前の太陽光発電システムですべて自給し、電力会社とは契約しなかった。調理は、カセットコンロや薪をつかったロケットストーブで行い、水は付近の湧き水を用いた。 「モバイルハウスでの暮らしは快適で、6畳一間で、生活も意識も手の届く範囲にありました。晴れている日は『これで電力がたまるな』と感じるなど、自然の中で生きているという実感も感じました」と回想する高橋さん。 当初は雨どいがなく、雨が降ると屋根からそのまま雨水が落ちていたが、近所の住民がそれを知り、材料費も含めてすべて無料で設置してくれた。他にも、持ち物を最小限に絞ったミニマム生活に憧れる人や、エネルギー問題に関心を抱く人など、さまざまな人が訪れた。「自分にできることは人に手を貸し、逆に自分にできないことは人の手を借りる。世界は、人と人とのつながりでまわっていると感じました」。こうした経験が、高橋さんの大きな財産となっている。 モバイルハウスに住んでいたのは2015年6月ごろまで。カフェ運営に取り組むために千葉県南部の館山市に移住したところ、カフェの建屋と土地をただで貸してくれたオーナーから「景観的にそぐわない」と指摘され、泣く泣くモバイルハウスを解体した。 土砂降りのなか、「顔を流れる水が涙なのか雨なのかわからないなか、分解しました」と高橋さん。再利用できそうな部材は、カフェのウッドデッキなどに活用し、太陽光発電パネルとバッテリーは、モバイルハウスを作りたがっている知人に貸した。
たとえお金がなくなっても、モバイルハウスがある
カフェ運営は、経済的な柱を確立して音楽にじっくり向き合うためだった。だが、集客が振るわずアルバイトを兼務する状況となったため、現在は店を友人に任せ、自身は都内の実家で体勢の立て直しを図る。けっして順風満帆ではない自らの歩みを「常に道半ば」と評するが、子ども時代から会社員になるつもりはなかったという。 通学電車のなかで疲れきった顔の背広の大人を見て、「毎日頑張ってるな、でも何が楽しいのかな」と思ったと高橋さん。その後、高校時代に進路調査票が配られた時には、まず会社員にはなりたくない、という思いが浮かんだ。 今も、その気持ちに変わりはない。 「お金や将来の不安はありますが、それは会社員でも同じだと思います。今はもう、終身雇用が保証されていない時代であり、ある日会社からいらないと言われた時、自分で自分の身を守らねばなりません。その際、自分が今まで積み重ねてきた体験や、人とのつながりが生きると思うのです」 会社員とミュージシャンのいずれにもリスクはあり、どちらを取るかはその人次第と考え、高橋さんは好きな音楽にかける。「自分にとって音楽は、人生をかけて歩む道。一人ひとりが、自分と相手との境界のなくなる体験を共有できるような音楽をつくりたい」。 たとえお金や住む家がなくなっても、モバイルハウスという選択肢がある。「だから死ぬことはありません。低コストで生きていけるし、それ以上に人と人とのつながりができるのが大きい」。 (取材・文:具志堅浩二)