Sportip がAI や先端技術で変える運動指導 無人ジムの進化に期待
スポーツ指導の現場は近年、テクノロジーの導入で科学の目を取り入れた指導も増え、選手にとっても、チーム、指導者にとってもプラスとなる方向へ変わってきているという。しかし、まだまだテクノロジーを活用できる人材不足など、利用できる環境もすそ野まで広がっているとは言えないという。株式会社Sportipはその状況を変え、さらに発展させようとしている。データと最先端技術によってスポーツ指導やリハビリの現場をどう変えようとしているのか。創業者で代表取締役社長の髙久侑也氏に聞いた。 【もっと写真を見る】
忍耐、根性といった精神的なキーワードが並んでいたスポーツ指導の現場は、近年、スポーツ育成環境の向上、テクノロジーの導入で科学の目を取り入れた指導も増え、選手にとっても、チーム、指導者にとってもプラスとなる方向へ変わってきている。しかし、まだまだテクノロジーを活用できる人材不足など、利用できる環境もすそ野まで広がっているとは言えない状況だ。 株式会社Sportipはそのような状況を変え、さらに発展させる企業である。同社では、身体の動き、姿勢や動作を分析するソリューションを開発している。取得したデータとAIなどを活用し、経験の少ない指導者でも選手に適した指導を可能とするソフトウェアを提供しているのだ。代表取締役社長である髙久侑也氏は、「野球しかやっていなかった中学、高校時代、誤った指導で野球が続けられなくなった経験が、現在のビジネスの原点」だと話す。Sportipは、データと最先端技術によってスポーツ指導をどう変えようとしているのか。髙久氏に聞いた。 自らの体験を原点にデータで運動指導するアプリを提供 Sportipは、「スポーティップ」と呼称する。この社名について、創業者である代表取締役社長の髙久侑也氏はこの社名を次のように説明する。 「SportsとTipsを組み合わせた造語。Tipsには先端、ヒントという意味もある。運動の指導者に、先端技術を使いながら、データを活用した最適な指導方法などの知識を提供できる会社にという意味を込めてつけた」 同社のビジネスは社名通り、運動データを生かした指導を行うためのSaaSアプリの提供だ。現在は、2つのアプリ提供がメインビジネスとなっている。「Sportip Pro」は、カメラで撮影したモーションキャプチャーをもとに、AI姿勢と動作分析を行うアプリで、フィットネスクラブ、整体、接骨院、病院、プロスポーツチームなどに提供している。「リハケア」は、リハビリ・ケアにおける、加算申請支援から訓練プログラムの立案までのすべてを支援するアプリだ。スポーツだけでなく、リハビリなどヘルステック領域にもビジネスを広げている。 いずれもこれまでデータ化されていなかった運動の様子をデータ化し、指導や訓練に役立てるアプリケーションだ。運動の様子を客観的なデータとすることで、適切な指導が行えるようになる。「おかげさまで導入企業は増加傾向にある」と髙久氏は語る。 アプリ開発の原点は、創業者である髙久氏自身の経験にある。少年時代、「野球しかやっていなかった」という髙久氏は、高校時代に自身の肉体と指導者の指導がミスマッチだった結果、野球を続けることをあきらめる体験をした。 「中学時代、手に血行障害があることが明らかになり手術もしていたのだが、いわゆる努力と根性で練習するという方法で、高校3年間、本気で野球をやったがゆえに身体・手は悪化し、野球を続けることができなくなってしまった。これがこの会社を作った一番の理由になっている」 1994年生まれの髙久氏の高校時代には、昔ながらの運動部の練習は選手育成に必ずしも効果的ではないという声もあがっていたが、当時出会った指導者は最新の選手育成であったり、一人ひとりに合った指導をしたりするタイプではなかったという。そんな指導者にあたってしまった無念さもあるようだが、髙久氏はこうも話す。 「自分が血行障害になったのは、もともと身体の中の筋肉と血管の構造が血行障害を起こしやすい形状だったからというところもある。大胸筋などは筋肉が硬くなりやすいのに、それを助長するトレーニングをしたことで、より悪化してしまった。それが自分もわからなかったし、指導者もわからない。整形外科に行ってリハビリを担当する理学療法士もそこまで詳しくなかった。『それを変えることができないか』と思ったのが、Sportipの原点となっている」 身体のデータをとって個人の特性を明らかにすることで、その人にあった指導やケアをする。指導者もそのデータによって、勘や経験ではなく科学的な指導を行なう。そのサポートをするソフトウェアを開発することがSportipの目指すビジネスである。 筑波大学でスポーツ科学を、一橋大学大学院で経営を学ぶ 高校時代、野球を続けることができなくなった髙久氏は、「野球部時代から勉強するのは好きだった。というのか、負けるのが好きではなかったので」と筑波大学体育専門学群に入学する。筑波大学に行けば、スポーツ科学を学ぶことができるのではないかと考えたからだ。 「入学式では、旧来型の野球部の指導は間違っているという話が挨拶に入っていて、この大学に来たのは運命だったのかもしれないと感じた」 その狙い通り、スポーツ科学についてさまざまな学びを得た。きちんと実証されたものを活用しながらスポーツに取り組むという発想が間違いではなかったことを実感する。スポーツだけでなく、「さまざまな授業に潜り込んで、授業に出ていた人をスカウトし、自分でメディアをつくれないかなどの模索をした」と自らビジネスをするための試行錯誤もスタートした。 「自分でやってみて、圧倒的に起業する際の知識がないことが明らかになった。そこで、在学中にインターンに行って、それまではなかったビジネスの知識を学ぶ経験もした」 ビジネスの知識を学ぶ必要を強く感じ、筑波大学卒業後は一橋大学大学院経営管理研究科で学び、MBAを取得することを選択する。 「大学院入学の時はちょっと大変だった。面接で、『スポーツを学んできたのに改めて経営を学んでどうするの?』と問われたので、実家が会社経営をしているのでその経験など、いろいろと説明して、ようやく納得してもらえた感じでした」 ただし、実際に大学院に入学してみると、スタートアップとしての起業に関する知識よりも、経営に関する知識を学ぶことが多かったことから、入学と同じ年の9月にはSportipを起業。学びながら起業家として本格的にスタートすることとなった。 「起業時点から目指す事業の軸は変わっていない。スポーツ指導を行う際、人の労働力を高度に置き換えるAIサービスを作っていきたいとずっと考えてきた。提供の方法として、最初はBtoC向けビジネスにできないかと考えたがマネタイズが難しいということで、今は人をエンパワーメントする、さらにSaaS型で提供するという形に落ち着いているが、軸は変わっていない」と髙久氏は振り返る。 データ取得でさらなる精度向上を AIについては筑波大学在学中に活用することを考えた。海外の大学の論文を読み、人間の動きをデータ化する取り組みの可能性と課題も感じた。 「海外のその発表は2015年か16年だったが、自分たちが考えていた人間に代わるAIをつくる、人間の目と脳の代わりができるという実感を得ることができた。ただ、逆に技術的な課題もいろいろと見つかった。技術的な課題が明らかということは、それがクリアされていく道筋が見えたということでもある。自分たちが一刻も早くそこを取り組めばいいのではないかと考えた」 AIを活用するベースとなるデータを取得するためには、カメラやセンサーを使ってデータを取得することになる。髙久氏はこのカメラやセンサーこそ、人間の目の代わりになるものと考え、データ取得が自分たちのビジネスの重要な鍵となると考えた。そこで起業後は筑波大学をはじめ、さまざまな研究機関や企業などと連携し積極的にデータを取得している。 「自分たちで取得できるデータは自分たちで取得し、自分たちでは取得できないデータは研究機関と連携し取得している。例えば、京都大学大学院医学研究科と実施している共同研究プロジェクトがそのひとつ。Sportip Proを用いて、百人以上の規模の被験者の動作を解析し、怪我の予防につながるよう研究を進めている。データは1000万件以上あるが、さらにデータの精度を高めるためにやれることはなんでもやっていく」 データを取得するだけではない。取得したデータをもとに活用していくことが、同社が目指す方向でもある。取得したデータをリアルタイムで解析し、活用する。スポーツジムや介護の現場で取得したデータを、即、適切な指導に反映していくことがSportipの目指すビジネスだ。 「このリアルタイムでデータを処理していくことは、我々が手がける人間の身体分析だけでなく、例えば自動車の自動運転など他の業界でも取り組んでいる技術分野でもある。きちんと先端技術に関する情報を収集しながら実装していきたい。現在は時間がないので実現できないが、その分野で論文が出せるようなレベルでの研究成果も出ているので、論文を発表するといったこともできれば」と自分たちの技術にも強い自信を見せる。 この自信のベースとなっているのは、髙久氏自身の行動力と情報収集能力、さらにそれを自分たちのソフトウェアに実装していく取り組みを実施してきた手応えがあるからなのだろう。 「かなり細かく、正確なデータが取得できるようになってきている。精細なデータを正確に取得できるようになることで、例えばダイエットの指導の際にも、これまでは体重と体脂肪くらいしかKPIがなかったものが、1カ月前と今日では体型・姿勢・動作にこんな違いがあるといった指導ができるようになる」 しかも、現在の成果にとどまらず、貪欲にさらなる技術向上を追い求めていこうとしている。常に高みを目指すのはどういう発想から来ているのだろうか。 「会社として重要視しているポイントとして、網羅的に戦略を考え尽くし、それを徹底的に実行すること。わからないことや見えないことに対してはボトムから捉えていって、個別にいくつかのポイントを集める。集めたらそれで満足してしまいがちだが、同時に俯瞰して全体を見て、何か抜け漏れはないか、俯瞰して見えた抜け部分はどこから手をつければいいのか優先度をつけ、最終的には発見した抜け漏れを全部やっていくことを繰り返している。例えばデータ取得についても、身長別、体重別、性別、年齢別で分けるだけではなく、競技別など取得して分析したいデータがまだまだある」 日本発で海外に挑戦、世界中で成功できるジムをつくる 今後、自分たちでジムを作ることを計画している。手がけるソフトウェアを実践するショールーム的な要素と、実験室としての活用を計画している。 「これまで日本のスポーツジムは、『米国でこんなジムができて、多くの生徒を集めている。その成功モデルを日本に持ってきた』という流れだった。それを日本発で先端のジムを作り、逆に米国に輸出するといったことに挑戦していきたい。それを実践できそうなのが生成AIを使ったスポーツジム。セラピストやトレーナーなしに、生成AIを活用しながらその人に最適な運動をアドバイスするといったジムを作るといったことが可能になりそうだ。これを実現するためには、リアルタイム性が重要で、技術力がないと時間やお金がかかり、実現できない」 リアルタイムに分析する技術が確立することで、介護施設向けアプリ「リハケア」についても、紙とデジタルが混在する現状を変え、入力の自動化、撮影によって施設入居者の状況を報告し、適切なサポートを行っていくような変化が起こせると考えている。「2030年頃までにSaaSアプリをさらに拡充し、確固たるビジネス基盤を確立したい」と貪欲にさらなるビジネス拡大を進める。 文● 三浦優子 編集●ASCII STARTUP 撮影●森裕一朗