鈴木梨央、歌唱力も生かし活躍の幅拡大 「もう子役じゃない」「この世界で長く生きていきたい」と感じた転機語る
――もう子役じゃないと意識が切り替わったのはいつ頃ですか? 中学生から高校生になって、年齢を重ねていくにつれて、新しい現場に行った時に、周りの方たちの接し方も、「大きくなったね」という感じではなく、最初から大人対大人として接してくださることも増え、改めてしっかりしなくてはと思うようになりました。 ――自分の意見も求められることで、よりやりがいを感じることもあるのでしょうか。 最初は慣れないことが多かったですけど。小さい頃から、監督さんの指示を聞いて、それを100%で返せるように頑張るという意識で臨んできました。その気持ちは今でも変わらないですが、監督さんの意見と自分の意見と、ディレクションして作り上げていくことが増え、一緒に作品を作り上げていく感覚が新鮮でもあり、自分自身も大人になってきたのかなと思います。
初舞台が転機に「一番大きな冒険だった」
――これから先も長く続けていきたいとのことですが、女優としてずっとやっていこうと覚悟が決まったような転機がありましたら教えてください。 中学3年生の時に『奇跡の人』でヘレン・ケラーの役を演じさせてもらったのですが、それが初めての舞台で、自分の表現の幅の狭さをすごく実感し、自分の中で自信を持っていた表現を出しても伝わらない瞬間があったり、求められていることにうまく応えられないという葛藤がすごくありました。年齢的にも中学から高校という分岐点で、その時期にこの作品が重なって、もっとお芝居の表現の幅を磨いていかないといけないなと感じた瞬間でもあったので、この作品が終わった後に放心状態というか、抜け殻状態になってしまって。作品が終わって学校に行っても、そのことが頭から抜けないという経験は初めての感覚で、作品を届けるというのは、そのぐらいの熱量を持っていないといけないんだなと感じました。今思うとあの作品が転機だったのではないかと思います。 ――映像と舞台の違いというところで大きな壁が? 演出家さんから「それじゃ届かないよ」と言われた時に、ご一緒させていただいた高畑充希さんからアドバイスをいただいたり、周りの方々に支えていただいて自分のヘレン・ケラー像を作り上げることができました。どうしたら届けることができるのかを、改めて学んだ作品でした。 ――そこで心が折れることなく、より頑張ろうと奮起されたんですね。 不安な気持ちもありましたが、無我夢中に取り組んでいた気がします。 ――その根本には、演じるのが好きという思いがブレずにあるのでしょうか? そうですね。演じることも好きですし、純粋に映画やドラマを見ることが小さい頃から大好きで、自分もその世界に携わっていたいなと思っています。