「夫の戦死が誇らしい」手紙につづった母は、仏前で毎晩のように涙を流していた #戦争の記憶
奇跡の敵中突破を果たす
かくして大隊は敵の防御線を突破し、120高地の後方へ出た。右手には、敵砲兵が残した空薬莢が小山をなしている。我らの進撃を恐れ、東方へ退却したのだろう。夜明けまで、あと3時間。急がねば。大きな月が棚原高地の方角に昇っている。 「前進、前進! あの月のほうへ進め」 疲れ切った兵や大山中隊長を激励しながら進撃する。 突破は成功しつつあった。月が煌々と照らす峰を、大隊の陣頭に立って、進みに進む。 やがて、大岩壁に到達した。暗がりに白く浮き出た岩塊の上に標高杭がある。目標の棚原高地は、まぎれもなくここだった。ついに到達したぞ! と、いまだ明けきらぬ空に、突如、照明弾が打ち上げられた。 敵が我らの進出に気づいたのだ。すぐさま、円陣防御の態勢をとる。友軍の攻撃がどうなっているかはわからないが、我が大隊が一番深く敵中に入っているとすれば、奪還のための激しい攻撃を受けることは必至だ。
完全孤立し、友軍の進出を待つも…
夜明けとともに米軍の猛攻が始まった。戦車を伴った歩兵が、迫撃砲を浴びせながら、四方から攻め込んでくる。一緒にタコツボ(個人用の塹壕)に入る樫木副官や通信兵、主計中尉も銃を持って戦う。本部のすべての兵が最前線で敵を迎え撃っているのだ。 全般の戦況は──と周囲を見渡すと、前田高地への砲弾の雨が熾烈を極めている。そして、遠く西北の海上には大艦隊が浮遊しており、いずれ艦砲射撃を浴びせてくるだろう。他の部隊に遅れまいと突進したが、今や大隊は敵中で完全に孤立している。 正面の敵からは、擲弾機による手榴弾がひっきりなしに飛んできた。突撃こそしてこないが、タコツボから少し顔を出しただけで、狙撃の銃弾を見舞われる。さらに背後の山並みの切れ間からは戦車の砲撃。上空を乱舞する敵方の偵察機により、我らの布陣も筒抜けのようだ。 私自身も戦闘に巻き込まれ、戦術もへったくれもない。とにかく連隊本部に連絡が必要だ。右隣5メートルの窪地に、無線分隊がいる。狙撃の恐れがあるので、通信文に石を包んで投げ入れた。暗号手は昨夜、戦死したので、ナマ文(暗号化していない文章)で打電させる。 「我が大隊は本5日午前4時、棚原西北側154.9高地を占領せり」 すでに午前6時を過ぎていたが、激しい戦闘の最中ではこれが精一杯だった。が、昼頃になって、連隊本部から返電があった。 「暗号書の紛失の理由を知らせよ。爾後の進出はしばらく待て」 現在、敵と数十メートルで対峙し、手榴弾戦と狙撃戦を繰り広げながら、やっとの思いで打った電報だ。敵陣深くまで突入し、要衝を占領しているのは、今のところは我が大隊だけのはず。であるのに細部を責められ、叱られているかのようだ。 とにかく今日一日──、今日一日さえ持ち堪えれば、と何度も自分に言い聞かせる。我が大隊が生き残る道は、友軍の進出を待つ以外にはない。そして、圧倒的な火力差を埋めるには夜襲しかないのだ。大隊の運命を今夜の友軍の進出に賭ける。