「いつも時間がなくて、予定ぎりぎりになってしまう」というお悩み。意外な解決法とは?
読者から届いた素朴なお悩みや何気ない疑問に、人気作『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社刊)の作者・菊池良さんがショートストーリーでお答えします。今回は一体どんな相談が届いているのでしょうか。 ここはふしぎなお悩み相談室。この部屋には世界中から悩みや素朴なギモンを書いた手紙が届きます。この部屋に住む“作者”さんは、毎日せっせと手紙に返事を書いています。彼の仕事は手紙に書かれている悩みや素朴なギモンに答えること。あらゆる場所から手紙が届くので、部屋のなかはぱんぱんです。 「早く返事しないと手紙に押しつぶされちゃう!」それが彼の口ぐせです。 相談に答えてくれるなんて、なんていい人なんだって? いえいえ。彼の書く返事はどれも想像力だけで考えたショートストーリーなのです。 さぁ、今日も手紙がやってきましたよ──。
【作者さんの回答】暑い夏になにもかも溶けてしまったら
その年の夏はとてつもなく暑かった。みんな異常気象だと口々に言った。早く季節が過ぎてほしいと誰もが願った。しかし、夏を過ぎても涼しくなる気配がなく、気温は上がる一方だった。誰かが言った。 「このままじゃ溶けちゃいそうだ」 そして、あらゆる物がほんとうに溶けだした。ぐにゃぐにゃと。道路、街灯、電柱、ポストといったものが。 小さな街に住むエミリーは、暑さに負けずに過ごそうとしていた。街の中心にあるタワーマンションはぐにゃりと曲がり、子どもたちが滑り台にして遊んでいるのを見て、彼女は微笑んだ。 こんなに暑いとアイスクリームが食べたくなるが、カップから取り出した瞬間に、みるみると溶けてしまう。だから、とにかく急いで食べなきゃいけない。アイスクリーム屋のまえは早食い大会の会場と化した。店主だけがにやりと笑う。 「客の回転率がものすごく上がって、売上はかなり良くなったよ」 商売人はタフだ。チーズメーカーも鋼のように硬いチーズを販売しだした。商品名は「アーマーチーズ」。パッケージから取り出して、常温に置いている時間で柔らかさが変わり、いろんな感触が楽しめる。そのまま食べたら歯が欠けてしまうが、この暑さで柔らかくなるまえに食べられる人はいない。大ヒット商品となり、街のあちこちに広告も出されるようになった。「逆境に負けない、堅固な味わい」というキャッチコピーが添えられている。テレビCMでは人気タレントがチーズで釘を打ったあとにかぶりつく姿が話題になった。 しかし、アイスやチーズ以上にとても大事なものが溶けだしていることに気づく人間は少なかった。いち早く気づいたのが倫理デザイナーのデレク・オルソンだった。オルソンはSNSに動画を投稿して、人々に警告を発した。このままではすべての時間が溶けてしまって、私たちはいなくなってしまうと。 「時間が溶けることを食い止めなければいけません。私たちの心が溶けてしまうまえに」 ほとんどの人間は彼に耳を貸さなかった。ごく少数の人間をのぞいて。 エミリーは少数派のひとりだった。オルソンの言葉を聞いて、どうしたら時間が溶けることを食い止められるか考えた。しかし、答えは見つからず、うんうんと悩んだ。 「時間が溶ける……? 溶けてしまったらどうしたらいいのだろう……?」 はっと思いつき、冷凍庫のとびらを開けた。そして、そこに時間を入れていった。ぐにゃぐにゃになった時間を。 溶けだしたのなら、固めたらいい。それに最適なのは冷凍庫だ。エミリーにはわかっていた。