室伏が打ち立てた日本選手権V19の意義
勝負は1投目で決まった。銅メダルを獲得した昨夏のロンドン五輪以来の実戦となった、室伏広治(ミズノ)が投じたハンマーが、いきなり75m41地点に落ちる。他の選手は70mラインをわずかに突破したのが一人だけで、5投目で76m42にまで記録を伸ばした室伏が、危なげなく前人未到の日本選手権19連覇を達成した。 表彰式後に、取材エリアとなるメーンスタンド下のミックスゾーンに姿を現した室伏は、柔和な笑顔を終始絶やさず、どこか達観したような雰囲気で試合を振り返った。 「1本目で75mが出たのが一番の収穫。日本選手権で優勝するために、75m台をコンスタントに出す練習を積んできたので。無心で投げることができました」 ケージ後方のスタンドでは、いつものように父親で前日本記録保持者の重信氏が室伏の投てきを見守っていた。ロンドン五輪後、父は息子に対してこんなアドバイスを送っている。 「これからは自由に考えて、ハンマー投げの競技会に出ればいい。その方がむしろ好結果につながる。今まではプレッシャーがありすぎた」 今年10月で室伏は39歳になる。技術は高レベルを保っても、体は確実に衰え、モチベーションを維持するのも難しくなる。五輪と世界選手権でともに金メダルを獲得した室伏の場合は、特にモチベーションが問題となる。「正直、いつやめてもいいんです」と重信氏はこう続ける。 「次のリオデジャネイロ五輪に出場するのは無理。広治が持っている日本記録(84m86)の更新も、今の年齢では難しい。それでも、年齢を乗り越えていくことが大事。エベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんじゃないけど、そうすることで後に続く選手たちが頑張ることができるんです」 父のアドバイスを受けて、ロンドン五輪後の室伏は半年単位で目標を設定してきた。まずは日本選手権での連覇記録更新に集中してモチベーションを高めてきた。日本選手権開幕の2日前までアメリカでトレーニングを積んできた室伏は、初優勝時と今現在との違いをこう説明する。 「毎回、自分の殻を破る新たな挑戦に取り組む姿勢は変わりませんが、目標へのアプローチやマネジメントはまったく違います。例えば10年前と同じトレーニングを今課せば、けがをして引退してしまう。今は量よりトレーニングの品質を重視している。誰もが成し遂げられるものではない19連覇という数字は、それだけ自己管理を徹底してきたからであり、別の意味で価値があると思っています」