黒酢に始まり黒酢に終わる、新大久保「山西亭」で食す、東京で唯一“本物”の山西料理
現代ビジネス「北京のランダムウォーカー」でお馴染みの中国ウォッチャー・近藤大介が、このたび新著『進撃の「ガチ中華」』を上梓しました。その発売を記念して、2022年10月からマネー現代で連載され、本書に収録された「快食エッセイ」の数々を、再掲載してご紹介します。食文化から民族的考察まで書き連ねた、近藤的激ウマ中華料理店探訪記をお楽しみください。 第10回は、新大久保「山西亭」で出会った「地道的山西菜」(ディーダオダシャンシーツァイ=本場の山西料理)ーー。 【写真】『進撃のガチ中華』出版記念インタビュー「中華料理の神髄とは何か?」
酢で乾杯する文化
いまから10年ほど前、北京に住んでいた私は、北京西駅から高速鉄道「和諧号」に乗って3時間21分、山西省の省都・太原市を訪れた。 夕刻の太原駅には、地元国有銀行幹部の友人が迎えに来てくれた。生粋の山西人で、「わが故郷は中国の銀行発祥の地」というのが自慢だった。清代に隆盛を誇った「山西票号」(シャンシーピアオハオ)だ。 山西人は、黄土高原の厳しい自然環境下で、切々と銀行業を営んできたせいか、私が抱くイメージは、「締まり屋」。節約して節約して、いつのまにか貯金を貯め込んでいるのが山西人だ。 太原駅から、そのまま彼のリムジンに乗って、「三晋飯庄」(サンジンファンジュアン)へ直行した。車中で彼が言った。 「太原には、『清和元飯店』(1632年開店)、『六味斎』(1738年開店)といった『百年老店』(バイニエンラオディエン=百年続く伝統的レストラン)があるけれど、いま一番うまい山西菜(シャンシーツァイ=山西料理)の名店が、われわれが向かっている『三晋飯庄』(1997年開店)だ」 はい、着きました。恭しく通されるピカピカの店内、そして、名にしおう山西産の名菜の数々――。 店内に入って真っ先に驚かされたのが、隣席の「煤王」(メイワン=石炭会社社長)たちの宴会の風景だった。山西省と言えば、最大の特産品は石炭で、バブル景気に沸いていた当時は、山西の「煤王」たちが幅を利かせ、首都・北京の高級マンションを買い漁ったりしていたものだ。 何と彼らは、最初の乾杯を、「山西老陳醋」(シャンシーラオチェンツー=山西省特産の黒酢)を小皿になみなみと注いで、行っていたのである。 「乾杯はビールでなく、黒酢? ?」 私が友人に訊ねると、彼はニコニコしながら答えた。 「山西でも普通はビールだけど、本当に吉事があった時は、『山西老陳醋』で乾杯したりする。ほら、彼らも、何かの大型契約が成立したとか言っているではないか。『山西老陳醋』は、『山西人の血』なのさ」 そこで私たちも、隣席を見習って、再会を祝して「山西老陳醋」で乾杯した。 確かに飲み干したとたん、それが血となって、身体の末端まで沁み渡っていくような心地がしてきた。日本の白酢とは似て非なるもので、あえて喩えるなら、旨味と深いコクのある黒酢ドリンク。友人は、「北京では多くのニセモノが出回っているが、これは本物」と太鼓判を押していた。