朝ドラ『虎に翼』「第五福竜丸事件」とは何か? “アメリカ政府に賠償を求められない”原水爆被害への怒り
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』では第20週「稼ぎ男に繰り女?」が放送中。東京地方裁判所に異動した寅子(演:伊藤沙莉)は、「原爆裁判」に関わることになる。一方、山田轟法律事務所を訪ねてきた雲野六郎(演:塚地武雅)と岩居(演:趙 珉和)は、山田よね(演:土居志央梨)と轟太一(演:戸塚純貴)に“原爆被害の責任をアメリカに問えない”ことへの悔しさ、日本政府に賠償を求めて起こす裁判の真意を語った。その中で言及された「第五福竜丸事件」の概要と、当時の日米関係について解説する。 ■計算が甘かった水爆実験の犠牲になった人々 広島と長崎に原子力爆弾が投下されてから9年後の昭和29年(1954)、日本は再び核の脅威に曝されることになった。かの有名な 「第五福竜丸事件」である。これによって日本は「原爆と水爆の両方による被害を受けた国」となった。 まずはこの事件の概要を整理しよう。「第五福竜丸事件」とは、日本の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が、太平洋・マーシャル諸島のビキニ環礁付近でアメリカの水爆実験に巻き込まれ被爆した事件だ。 昭和29年(1954)3月1日、アメリカ国防総省と原子力委員会は、ビキニ環礁・エニウェトク環礁で実施した6回の水爆実験の初回にあたる「ブラボー実験」に踏み切った。これは、高出力熱核爆弾を用いた最初の核実験になった。投下されたのは、世界初の水素化リチウムを用いた核融合兵器である。その威力は広島に投下された原爆の約1000倍ともいわれている。 事前に計算された以上の核出力となったことで、ビキニ環礁東部で想定外の放射能汚染が発生した。この時、第五福竜丸は爆心地から約160 km東方の海上で操業しており、その辺りは水爆の危険水域外と設定されていた。しかし、実際は多量の放射性降下物(死の灰)が降り注ぎ、乗組員23名全員が被曝する結果となった。第五福竜丸は3月14日に静岡県・焼津港に帰港。乗組員は「急性放射線症」と診断された。 巻き込まれたのは第五福竜丸だけではない。2015年に水産庁が発表した調査結果によると、被爆した船舶数は1423隻、漁獲物を廃棄した船は992隻にのぼる。 3月16日には読売新聞が第五福竜丸の被爆を大々的に報道。この事件によって、日本は放射能の恐怖に曝されることになった。水産庁の指示のもと、基準値以上に汚染された魚は廃棄処分となった。マグロだけでなく、近海魚であるイワシやサバも大量に廃棄され、恐怖心からカマボコやハンペンといった練り物まで食卓から遠ざけられた。 アメリカ政府と日本政府の間には「日本国内の反米感情を抑えたい」「日米関係をこじらせたくない」などあらゆる思惑があったが、結果としてアメリカ側が“見舞金”として200万ドル(当時のレートで約7億2,000万円)が支払うこと、そして「日本国政府が 200 万ドルを受諾するときは、(中略)すべての請求に対する完全な解決[full settlement 完全決着]として、受諾するものとする」ということで、昭和30年(1955)1月4日に日米合意に至ったのである。 作中でも触れられた通り、日本は昭和26年(1951)9月に締結されたサンフランシスコ平和条約によって主権を回復しており、それをもって「日本と多くの連合国の間の戦争状態の終結」となっていた。第19条では「日本国は、戦争から生じ、又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄し、且つ、この条約の効力発生の前に日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄する」と定められている。 雲野六郎が語ったように、原爆投下による被害については、昭和26年(1951)9月に締結されたサンフランシスコ平和条約によってアメリカに賠償を求められない状況だった。それに加えて、前述の通り、第五福竜丸が巻き込まれた水爆実験についても「見舞金による完全決着」で合意したことで同じくアメリカへの賠償請求ができない状況だったのである。こうした背景もあって、日本ではますます反核運動が盛んになっていった。 <参考> ■『ビキニ事件から30年』(日本アイソトープ協会,1984) ■ビキニ事件の「慰謝料」問題 資料集 (大平洋核被災支援センター,2020)
歴史人編集部