デムナがハリウッドで浮き彫りにするアメリカの“美”──バレンシアガ 2024年フォールショー
バレンシアガが戦争や難民、気候変動、企業の欲深さをテーマにショーを展開していたのは、そう遠い過去のことではない。モデルたちが人工吹雪のなかを歩いた2022年冬コレクションは、ウクライナで現実に起きつつあった惨事に向き合ったものだった。しかし、同時にデムナはオーバーサイズのテーラリング、エレガントなドレス、巨大なスニーカーなど、ファッション界を魅了するシルエットを生み出す名手でもある。デムナが抱えるそのような苦悩と恍惚のせめぎ合いが彼に、そして彼の服に世界的な名声をもたらしたのは、そこに複雑な感情と人々を勇気づける力が混在していたからだけではない。ラグジュアリーアイテムを買い求める人々に、ファッションという受け入れやすい文脈から政治に関わる後ろ盾を与えたからなのである。 【写真付きの記事を読む】バレンシアガ 2024年フォールショーのルックを見る 米ロサンゼルスで現地時間12月2日に開催されたバレンシアガの2024年フォール・ショーは、固定観念に揺さぶりをかける究極の一撃だった。それは、ショーがあぶり出したものが“醜さ”ではなく、その逆のものだったからだ。舞台となったのは、ヤシの木が整然と並ぶハンコック・パークの街路。あまりにもこぎれいで映画のセットを思わせるその場所で、デムナはこれまでになく怖いもの知らずのテーマに挑んだ。それは“美”である。 ■デムナを魅了したアメリカの理想 デムナのビジョンは破壊的で生々しく、かつ薄汚れた愛らしさを鮮やかに湛えている。しかし、ロサンゼルスを選んだ彼の意図は皮肉を込めたものではなかった。ショーを終えて、彼はレポーターに次のように話した。「多くの人が私の表現をアイロニーだと誤解していますが、実際は正反対です。(ショーは)ロサンゼルスが私に与えてくれた影響に対して、愛情を表現したものなのです。世界一好きな街ですからね。ソビエト崩壊後の空虚さを抱えていたティーンエイジャーの私が身に付けた文化的な素養は、全てこの街が発祥です。映画、音楽、私が吸収したもの全てがその後、私のファッションにとってのインスピレーションとなりました」 ファーストルックを飾ったのは、ジムショーツを穿いた体格のいい男性モデルだった。上半身をはだけて、片手でiPhoneを耳に当て、もう片方の手で金属製の水筒を持った彼の姿は、デムナがソビエト崩壊後の東欧で憧れた完璧なアメリカンライフを体現したものだった。それはハリウッドが創作したライフスタイルであり、ジムから健康食料品店、(ビバリーヒルズの高級ショッピング街)ロデオドライブに寄って、レッドカーペットを訪れるようなライフスタイルである。73のルックを通してデムナが創り上げたのは、この理想化された存在のためのワードローブだった。日に焼けた肌を持ち、恵まれた人生を生きるその人物は、あまりにも無節操な理想の産物かもしれない。しかし美に耽る自由は、それもやはり自由なのだ。本質としては、それこそが“ロサンゼルス的”といえるものなのだろう。 会場ではカリフォルニアの陽光が燦々と降り注ぎ、遠く向こうにはハリウッドサインが見えた。リル・ウェインからリサ・リナまで、錚々たるゲストが列をなし、ストリートに並べられた黒い椅子に座っていった。ひとりのゲストはパントマイムのようなペイントを顔に施し、ほかにもローブを着た者、NASAのスペーススーツのような服を着た者、また少なくとも1人がバレンシアガの“甲冑ブーツ”を履いていた。屈強なボディーガードを従えていたのは、キム・カーダシアンとケンダル・ジェンナー。また、多くのゲストがシールドサングラスを着用してもいた。 そこにいた大スター、近隣の豪邸の住人、そしてモデルたちを見分けるのは困難だった。誰も彼もが、デムナがバレンシアガで完成させたラグジュアリーなノームコアとドラァグのハイブリッドを身に着けていたからだ。 ■デザイン美学の根底にあるLAのセレブ文化 コレクションをスタートさせたのは、簡単なスポーツウェアに極端な小物を合わせたルックの数々だった。その後、よくミームのネタにされる高級オーガニック食品店、エアウォン・マーケットとのコラボレーションによるレザーグッズもお目見えした(デムナはエアウォンでの人物観察は「ファッションウィークを凝縮させた」ようだと語っている)。 次に登場したのが、パパラッチにさらされる若手スターたちにオマージュを捧げたグランジーなデイウェア。ベロアのトラックスーツは、下着が露出するほど下がったパンツがデムナらしく、パーカーには袖が4本あった。「ロサンゼルスのストリートで撮影された、例えばセレブがレストランやガソリンスタンド、ドライブスルーなどから出てくるところを捉えた写真を、我々はよく目にします。私のファッションにおける美学というのは、大部分がそれらの写真に影響されていたのではないかということに気づいたのです。それが面白いと思いました」と、デムナは話す。モデルたちの足元を飾っていたのは、膝まである巨大な「アラスカ」ブーツ、「トリプル S」の3倍以上の大きさはある「10xl」スニーカーなどだった。 メンズデザインにおける“シャツなしスーツ”のトレンドに、デムナも乗っかったようだ。シャツをスーツの添え物ではなく同等に見なす動きだ。「レッドカーペットで見るメンズルックは、いつの時代もブラックのスーツが基本です。シャツ以外は変わりようがありません。それで、シャツをなくして、スーツはひとつのパターンでルックごとに素材を変えることにしました」と、デムナは話す。ダイヤモンドを施したチェーンをはじめとするジュエリーはジェイコブ&コーによるもので、アメリカ的な華やかさをテーマにしたコレクションの延長線上にあるだけでなく、バレンシアガのファインジュエリーへの進出を示すものでもあった。 フロントロウにはオールブラックを身に纏ったニコール・キッドマンの姿があったが、ショーを締めくくったのは、つい最近ブランドアンバサダーに就任した彼女を意識して作られたと思われるイブニングドレスの数々だった。それでも、ランウェイでカーディ・Bの身を包んだコバルトブルーのドレスは、カーディ・Bが纏ってこそ映えるものだっただろう。 「同じコレクションをニューヨークで見せることはできなかったでしょうね」と、デムナは笑って話す。「パリでも同様です。このショーのテーマは、あくまでロサンゼルスが私にもたらしてきた影響、それにファッション全体、そして世界のカルチャーそのものに与えてきた影響ですからね」 ショーが終わると、ゲストたちが自分たちのリムジンを探しに戻っていった。キム・カーダシアンは『カーダシアン家のセレブな日常』のエピソードのために撮影をし、ラッパーのIDKはナディア・リー・コーエンにペットの蛇を見せていた。その他の人々は、ヘイリー・ビーバーのストロベリー・スムージーを試しにエアウォン・マーケットに向かうのだろう。「とてもロサンゼルス的でした」と話すのは俳優のレイチェル・セノットだ。「私たちのことをおちょくっているようでもあったけど、同時に讃えてもいたようでした」 ■BFRNDによるサウンドトラック デムナの夫BFRNDが手がけたショーのサウンドトラックは、ラジオコマーシャルのトークを模したもので、「実存の美しさが露わになるでしょう」などといったメッセージが溌剌とした女性の声で投げかけられた。偽のコマーシャルについて、デムナは次のように話した。「健康でいること、スピルリナジュースを飲んで、スマホを置いて人間的な本当の交流を持つこと。そういった“よいこと”全般が主なテーマとなっています。アメリカについて私が愛していることを祝福するものです。そして、それが生まれたのがこの地なのです」 それは、これらの服が着る者のルックを変えるだけでなく、人生を変えるという約束でもある。セレブのように着飾ることでセレブになる──究極のアメリカンドリームだ。 From GQ.COM By Steff Yotka Translated and Adapted by Yuzuru Todayama