能登半島地震まもなく1年――復興進まぬ「和倉温泉」の今 景勝地を支えてきた護岸の崩壊が足かせ
【激動2024芸能・社会(5)】元日の能登半島を襲った巨大地震。正月の暖かな空気が一変した。まもなく1年を迎えるが、復旧は遅々として進まない。海から湧き出す温泉として有名な和倉温泉(石川県七尾市)は、21軒ある旅館の全てが被災したが、営業再開できたのは4軒だけ。七尾湾と能登島を望む景勝の地を支えてきた護岸の崩壊が、復興の足かせとなっている。地震の爪痕が残る街を歩いてみた。(小田切 葉月) 旅館の廊下を、身も凍るほどの冷たい潮風が吹き抜けた。剥がれた壁から外気が流れ込み、厨房(ちゅうぼう)から雨漏りの音が聞こえる。1885年(明18)創業の「多田屋」は、今も営業再開の見通しが立っていない。6代目若女将の多田弥生さん(47)は「12月は忘年会シーズン。たくさんの笑い声が聞こえるはずだったのに…」と目を潤ませた。 元日は約150人が宿泊し、夕食には地元特産の「加能ガニ」などを用意。いよいよ楽しいお正月が始まる。その時だった。午後4時10分、最大震度7の地震が能登地方を襲った。旅館がミシミシときしみ、屋外に避難してきた人に向かって多田さんは「建物から離れて!」と叫んだ。本震から1時間後に入った館内では配管が破損。スプリンクラーから水が滴り、女性露天風呂のお湯は抜けた。宿泊客を避難させるために街に向かったスタッフは、「非常ベルやサイレンが鳴り響いて、人が混乱。戦場のようだった」と振り返った。 旅館内に張り巡らされた配管などは、一度解体しないと状況が分からないといい、多田屋では依然として損傷箇所の詳細は把握できていない。客を入れるには、防火設備の修理も必要だ。復旧作業を一刻も早く進めたいが、それを阻むのが海岸線を走る全長約3・5キロの護岸の損壊。情緒あふれる海の眺望が魅力で、半数以上の旅館が海に面して並ぶ和倉温泉では、波の浸食から地盤を守る護岸は不可欠だ。だが、その工事が一向に進まない。多田さんは「土台の砂も流れ、建物がどんどん傾く。状況は日に日に悪くなる一方」と不安な表情を見せた。 修復が進まないのは、所有者や管理者が県や市、民間で混在しているため。話し合いは長きにわたり、ようやく今月20日から国による護岸工事が始まったが、全体の工事が終わるのは26年度内を予定。海沿いで、重機が入りにくい現状もある。「ここからまた2年かかる。まさかこの海がマイナスに働くなんて考えもしなかった」と多田さん。悲痛な声が漏れた。 開湯1200年の歴史を持ち、年間80万人が集まる和倉温泉の復活は、能登復興の重要なピースだ。だが和倉温泉観光協会の宮西直樹事務局長(51)は「全旅館の完全復活には3年以上。街づくりとしては10年スパンで考えないと」と腕を組む。街には地元住民や作業員しかおらず、大規模な改修工事が進む旅館もあれば、手つかずの旅館も。旅館は大浴場や宴会場などを含む特殊な構造で、解体だけで1年以上かかることもあるという。宮西さんは「目に見える進捗(しんちょく)が少なく、早くしてほしいと願うしかない」と切実に語った。 多田家では来年の元日、家族でカレーを食べるという。小学6年の長男が、おせちを見ると怖かった記憶を思い出すからだ。いまだ旅館も人も傷だらけの和倉温泉。「沿岸部だからこその問題もあるが、今まで海や景色に支えられてきた。能登という土地に誇りを持ち、進むしかない」と自らを奮い立たせるように話す。人々の揺れる心と裏腹に、穏やかに波打つ七尾湾は憎らしいほど美しかった。 ≪7月営業再開「宝仙閣」も「元に戻った感覚ない…」≫営業再開した旅館からも憂いの声が漏れる。7月から本格的に再開した「宝仙閣」=写真<上>=に宿泊するのは、観光客ではなく、作業員やボランティアに参加する人ばかりだ。帽子山優社長(54)は「本来、温泉地は日頃の疲れを癒やしに来る場所。元に戻ってきたという感覚はありません」と話しており、地震前のにぎわいとは程遠いのが現状だ。和倉温泉内に「宝仙閣」以外にも2軒の旅館を経営しており、「宿守屋 寿苑」は東西に建物が割れ、現在解体待ちをしている。「旅館の明かりが少なく、夜が異常に暗く感じる」と寂しそうに語った。 ≪公共土木施設の被害額1兆円超≫ 石川県が17日に発表した地震の被害状況のまとめによると、県内全体で死者は469人、全壊した住宅は6076棟。大きな被害を受けた輪島市や珠洲市など、能登半島6市町の被災者155人を対象に共同通信が実施したアンケートでは、63%の人が復旧や復興が進んでいないと答えた。今月上旬に集計され、地震で生じた道路の亀裂や段差が修繕されていない点や、倒壊した家屋解体の遅れを指摘。地震前から進んでいた人口減少が加速した、との意見もあった。 9月の記録的豪雨も影響。震災と豪雨により、石川県の自治体で管理する道路や港湾など、公共土木施設の被害額は、今月13日の時点で1兆円を上回った。国や県は年明け以降、インフラ施設の復旧を本格化させたい考え。今後は雪による2次被害も懸念されている。