地上最速の運動を生み出す筋肉はハチや蚊の「飛翔筋」 ひらひら舞うチョウとの根本的な違いとは?
「伸張による収縮増強」は人間の筋肉でも
飛翔筋の仕組みは完璧に解明されたわけではありませんが、近年の研究でさらに新たな発見も出てきています。 とくにメジャーな研究は、ハエの背中を接着剤で壁にくっつけ、羽ばたかせながら強烈なX線を当てて筋肉内部の変化を観察するという手法によって分子の配列や動きなどを推定するというもの。その結果、基本的な筋収縮のメカニズムなどは哺乳類の骨格筋(横紋筋)と大きく違うわけではない、しかし分子の発揮する力が伸張によって増強したり、解放によって抑制されたりする変化が表われやすい構造をしているらしい、ということがわかってきました。 具体的に言うと、翅を上げる筋肉と下げる筋肉の両方が綱引きのように引っ張り合うと、自然に筋肉そのものが強く共振しやすい構造になっているのです。筋線維内部におけるアクチンとミオシンというタンパク質の配列にその秘訣がありそうです。 筋の伸張によって収縮張力の増強が起こる現象を「伸張による収縮増強」と言いますが、同様の現象は程度こそ低いものの哺乳類の骨格筋でも見られることがわかっています(神経系を介した「伸張反射」とは異なり、筋肉そのもので起こる現象です)。こうした現象を上手に利用できるような動作を習得するトレーニングが「プライオメトリックトレーニング」であるという見方も可能でしょう。 別の回で貝の「キャッチ収縮」について解説しましたが、これはなるべくエネルギーを使わずに長時間にわたって力を出し続ける、むしろスピードの遅い筋肉でした。今回の飛翔筋は、それとは対極に位置する筋肉と言えるでしょう。
※本記事は2019年に公開されたコラムを再編集したものです。 【解説】石井直方(いしい・なおかた) 1955年、東京都出身。東京大学名誉教授。理学博士。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。