映画「ある一生」が描く平凡な男の“80年の人生” 世界的なベストセラーの映画化に至った背景
そこで彼は『マーサの幸せレシピ』で知られるウルリッヒ・リマーに脚本を依頼。リマーは、主人公のエッガーが妻のマリーにあてた手紙というスタイルを使い、彼の内面に迫る、というアイデアを思いつく。それによって、彼の人生を彩ったマリーに対する思いがクッキリと浮かび上がるという効果もあった。 ■アルプスの広大な自然でロケ敢行 そして登場人物同様、本作で重要な位置を占めるのが、アルプスの広大な自然だ。ひとりの人間の80年にもおよぶ人生を、山の四季とともに描き出すために、撮影の80%は東チロルの山脈で行われ、その他、南チロルとバイエルン州でも撮影は行われた。
撮影は2022年2月から計47日間にわたって行われ、山の季節によって撮影を中断。季節の変わり目を数カ月待ち、そこから再び撮影に取りかかることもあったそうで、そうしたこだわりから丁寧に映し出されたアルプスの風景は本作の見どころのひとつである。 エッガーの人生はけっして歴史に名を残すような華々しい人生ではなかったかもしれない。はたから見たら孤独で苦渋に満ちた人生のように映るかもしれない。だが彼は人生をあきらめることなく、地に足をつけて、粛々と生きてきた。
人は死の間際に、その人生が走馬灯のように現れるというが、その時に感傷や陶酔ではなく“自分の人生はそう悪くはなかった”と言うことができるだろうか。人のしあわせのかたちとは何か、ということを考えさせられる1本だ。
壬生 智裕 :映画ライター