刑事司法の病理現象「冤罪」に関する「日本特有の問題」…日本は「冤罪防止」のためのシステムや取り組みが欠如しているという「恐ろしい現実」
冤罪防止のためのシステムや取り組みの欠如
冤罪の頻度、また、これを防止するためのシステムの整備という点からみても、日本の状況には、大きな問題がある。 まず、冤罪が実際にはどのくらいあるのかすら全くわからない。表に出てくる情報もほとんどない。キャリアを通じて真摯(しんし)に刑事裁判に取り組み、約30件の無罪判決を確定させた裁判官(木谷明氏。公証人、法政大学法科大学院教授を経て現在は弁護士)がいる一方、刑事系裁判官の多数はごくわずかしか無罪判決を出しておらず、「ゼロ」という裁判官さえ一定の割合で存在する。特定の裁判官にだけ無罪事案が集中するのはきわめてありにくいことだから、たとえば刑事系裁判官が控えめにみて一人当たり十の冤罪を作っている可能性があると考えてみると、日本における冤罪が、いかにありふれたものでありうるかがわかるだろう。 たとえばアメリカでは、ロースクール、公設弁護士事務所等を中核とするイノセンス・ネットワーク、その中核となっているイノセンス・プロジェクト(非営利活動機関)が、刑事司法改革に取り組み、冤罪に関する調査を行い、冤罪の可能性のある事件についてDNA鑑定等を利用して再審理を求め、イノセンス・プロジェクトだけでも300件以上の有罪判決をくつがえしている。 そして、こうした活動には連邦や州も協力している(なお、イノセンス・ネットワークは、アメリカ以外の国々にも展開されている)。さらに、多くのロースクールには、冤罪を含む刑事司法の問題について中心的に研究しかつ教えている教授がいるので、そうした事柄に関する平均的な弁護士、裁判官のリテラシーについても、一定水準のものは確保されるようになっている。日本の法学教育、法曹教育においても、冤罪とその防止に関する最低限の教育くらいは行われるべきであろう。 アメリカの刑事司法も決してバラ色ではなく、警官の問題行動は非常に多い。また、法域(連邦、州以外にも種々の法域がある)がともかく細かく分かれているため、警察、検察、裁判所とも、法域、地域による質のムラが大きい。しかしながら、少なくとも、「冤罪という問題」の存在を「直視」し、そのような「不正義」から被害者を「救済」するための充実した「取り組み」があり、連邦や州等の「公的セクション」も、その必要性と意味を認めて「協力」している(一例を挙げれば、冤罪事件を含め、貧困者、死刑囚、受刑者等のための弁護活動を専門に行う弁護士事務所に補助金を出すなど)のであり、こうした点は、日本とは全く異なる(なお、日本でも、海外における取り組みを参考にして、イノセンス・プロジェクト・ジャパンが2016年に設立された。未だその歴史は浅いが、今後の活動の展開に期待したい)。 また、刑事訴訟、特に再審請求手続における検察官手持ち証拠の開示、再審等に備えての証拠の保管(特に重要なのが、前記のDNA鑑定資料)といった冤罪防止、刑事訴訟手続全般の適正化のための基盤となる制度についても、日本は、明らかに国際標準に後れつつある(たとえば、李怡修(リーイシュウ)「刑事手続における証拠閲覧・開示と保管──日本・台湾・カリフォルニア州の再審請求段階から考察する」〔一橋大学機関リポジトリ〈ウェブ〉掲載〕によると、日本の制度は、アメリカのみならず、台湾にも後れをとっているように思われる)。 * さらに【つづき】〈日本の有罪率が99%を超えるのは「検察の優秀さ」ではなく「刑事司法の異常さ」を示しているという「驚愕の事実」〉では、検察官の「法意識」」などについてくわしくみていきます。
瀬木 比呂志(明治大学教授・元裁判官)