世界最大の湿原パンタナールで〝鉄人レース〟気温45度・湿度85%の地で獰猛な蚊の来襲…とてつもないサバイバルに感心
【椎名誠の街談巷語】 信じがたいような過酷な鉄人レースがある。せんだって、それをNHKのドキュメンタリー番組でじっくり見た。二時間ぐらいの番組だった。 レースが行われたのは2015年で、場所は南米大陸にある世界最大の湿原、パンタナールだった。ブラジル、ボリビア、パラグアイにまたがるこの大湿原で、四人一組の男女混合チームが六百六十キロもの距離を彷徨った。六百六十キロといえば、直線なら東京から広島あたりまで行くほどだ。リミットの八日間以内で道なき道を駆け抜ける、とてつもないサバイバルレースだった。 気温四五度、湿気八五パーセントなどという、見ているだけでブッタオレそうな状況下である。 ぼくはこういう過酷なところで、他人が苦労していく旅話を見るのが大好きだ。 このパンタナールはぼくもその一部を旅したことがある。 ぼくのときは馬で行った。カウボーイに交ざって行ったのだ。水のなかにはワニやピラニア、毒を持ったエイなどが、陸にはジャガーや蛇、タランチュラまでがいっぱいいて油断ならなかった。だが、一番たまらなかったのは蚊が濃密に攻めてきたことだった。 テレビのなかでは世界各国から集まった30を超えるチームの挑戦者たちが競っていて、そのうちの日本人チームにスポットがあてられていた。 基本は徒歩と自転車とカヤックで、主にテント泊である。高温多湿のなかを、みんな信じがたいパワーと根性でずんずん進んでいく。 けれど途中でたおれるメンバーもいる。もう一度書くが気温四五度、湿度八五パーセントなのだ。死んでしまうのではないか、と思った。 それでも逞しく復活してまた決死のロードをいく。疲れきって体をやすませたいのに濃密な蚊が襲う。僕も体験した苦痛だが、蚊の来襲はニンゲンの精神をおかしくする。すさまじいムシ暑さは、川があればそこに沈めばいっときでもなんとかなるだろうけれど、蚊はしつこく激しく獰猛なのだ。見ているかぎり彼らには蚊からの防護の手だては何もないようだった。 こういう旅では蚊のいない、風の吹く昼間の風景が救いになる。カヤックでぐいぐい進んでいく場面は見ていてもここちがよかった。