あのころ若者をアツくさせた“80'sガジェット”が蘇る 「#コミカルデバイス」とは一体?
原色やスケルトンをふんだんに使ったデバイスたちを見て、「懐かしい!」と感じる人もいれば、「これなに?」「初めて見た」と感じる若者世代もいるだろう。平成生まれの筆者も、このカラフルなデバイスたちを初めて見たときは衝撃を受けた。80~90年代のオーディオプレーヤーを中心に復活させ発信をしているのが、『スタビリティターン』というブランドだ。 【写真】『Shock Wave』や『iMac』など80~90年代のデバイスたち 今回は、たったひとりで活動を行っている下嶋一洋氏に、愛すべきオーディオプレーヤーの数々と、その背景にある若者カルチャーについて語ってもらった。 ・「おもちゃ以上、ストリート寄り」独自のネオカルチャーとは? 下嶋氏がこの活動を始めたのは2年前(2022年)になるという。長年勤めたアウトドアブランド会社を退職後、ふと思い出したのがかつて自身が使っていた“カセットプレーヤー”だった。「現代の音楽プレイヤーは技術がすごく優れていますが、僕はなぜか惹かれなかったんですよね。自分がずっとものづくりの世界にいたからか、作り手の熱意が伝わってくるものがあまりなくて……。面白さがないというか、やっぱり『古いものを直す方が俺っぽいな』と感じたんです」 下嶋氏がかつて愛用していたのが、当時爆発的な人気を誇っていたカセットプレーヤー『Shock Wave』だったという。「そういえばカセットテープっていまどうなってるのかな、と思って調べてみたんですよ。そしたらいまでもカセットテープで曲をリリースしているアーティストがいることなどがわかり、なんだか面白いことになってるなと思ったんです」 「メルカリやヤフオクを見たら、80年代、90年代のカセットテープはあるにはあるんですけど、みんな壊れていました。でも、それって直したら使えるってことだよなと思い、見よう見まねで修理をしたら直せたんです(笑)。故障したカセットテープを4台買って修理して、そのうちの3台を販売したらすぐ売れちゃって。次は10台仕入れて、また修理して……というサイクルをしばらく続けたんです。3か月ほどたって、『これは本気でやってみよう』と決めました」 修理できることが前提の発信活動だが、技術は独学で覚えたというから驚きだ。「人間が作ったものなら直せるだろうと(笑)。なにをやるにしてもまずは学校に通って、専門的な知識を学ばないとスタートを切れないと思っている人も多いと思うのですが、僕はやる気、モチベーション、バイタリティがあればできると思っています。いまはネットも発達しているので、情報は調べたらすぐに出てきますしね」 たったひとり、タフなマインドで立ち上げた『スタビリティターン』というブランド。下嶋氏が蘇らせた商品たちは、どれもカラフルでポップで、懐かしさを匂わせる。そしてこれらを総称して「コミカルデバイス」と名付け、新たなカルチャーとして打ち出した。改めて、「コミカルデバイス」とはどういったカルチャーなのだろうか? 「オーディオプレイヤーのジャンルは、本格的なものから手に入れやすいものまでいろいろあるじゃないですか。そのなかでも本格オーディオプレイヤーはあまり興味がなかったですし、すでに多くの人に開拓されているジャンルだとも思いました。だから僕は、もう少しストリート・ヒップホップ寄りのカセットプレーヤーに絞ったんです。昔スケーターだったので、自分にとって馴染み深いカルチャーでもありましたし。“おもちゃ以上、ストリート寄り”。そこだけを抜き出したら、理想的な世界観になると思いました」 「あと、意外とラジカセ文化って85年~95年の10年くらいしか歴史がないんですよ。そんなに文化として長いものではなくて。それでもこれだけの種類があるっていうのも、面白いなと感じた部分ですね」 ・あのころに擬似トリップできる“カセットプレーヤーの世界” カラフルレトロなデザインも魅力的だが、当時背景にあったカルチャーを知ることでより深みが増してくる。80~90年代の若者たちは、どのようにカセットプレーヤーを愛用していたのだろうか? 「そうですね……。当時は、ソニーの『Sony Sports』というシリーズが人気で、王様的立ち位置でした。僕自身もすごく欲しかったのですが、値段が2万円後半ぐらいと高かったんですよ。あと基本的に日本では発売していなくて、なかなか手に入れるのが難しかったんです。だからしょうがなく『Sony Sports』と似たデザインの安物オーディオプレイヤーを使っていたんですけど、すぐ壊れちゃうんですよね(笑)。」 「その後、パナソニックからストリートっぽいデザインの『Shock Wave』というカセットプレーヤーが販売されました。値段も専用のヘッドフォン付きで1万5800円。電気屋さんで買えるし、みんな飛びつきましたね。『Sony Sports』は憧れの存在、『Shock Wave』は身近で1番イイやつという感じでした」 価格や手に入りやすさから見ても、『Shock Wave』は学生の味方だったようだ。実際に手に取ってみると思ったより大きく、ボタンがたくさんついている。背面にはベルトループがついていて、何より“ゴツい”。「ゴツいですよね(笑)。同じ時期に『G-SHOCK』が爆発的に売れて、男の子が身につけるアイテムは全体的にゴツいデザインが流行ったんです」 なるほど、当時のオーディオプレイヤーはファッションにおいても重要なアイテムだったことがわかる。また、魅了したのは見た目だけではないようだ。「音の切り替えスイッチが3つあって、ノーマルは普通、XPSは低音を強調するモード、VMSS(ビジュアルモーションサウンドシステムサウンド)は本体の低音に合わせてヘッドフォンの耳元が震えるという機能になっています。その機能に当時の僕たちは『うおー! かっけぇ』と興奮していたんです。電車に乗っているときにそのイヤフォンから音漏れして、おじさんに怒られたりしていました。バカだよね……(笑)」 そんな完璧ではない部分も、楽しそうに振り返る下嶋氏。カセットプレーヤーは、まさに青春を代表する存在でもあったようだ。だが『Shock Wave』が発売されたのは95年ごろ。すでにCDが普及している時代のはずだ。カセットプレーヤーが誕生する時期としては、少し遅れていたのではないのだろうか? 「たしかにCDは普及していたんですけど、1枚3000円くらいと高かったんですよ。いまよりも全然高級品で、本当に好きなアーティストのものしか買えなかったんです。だからCDはTSUTAYAでレンタルして、カセットにどんどん好きな曲を入れて使っていました。自分だけのオリジナルミックステープを作る感じですね。ほかにもカセットでリリースされた曲を買ったり、DJがミックスしたミックステープを聞くという遊び方もありました。カセットテープの遊び方が充実していたんですよ。それにくわえて、CDという存在がありながらも時代に逆行している感じがまたカッコよかったんです」 カウンターカルチャーとして魅了した一面もあるというカセットプレーヤー。この現象は、現在リバイバルブームが起きている背景と近いものがあるのではないだろうか。「平成はオーディオプレイヤーもそうですが、おもちゃやカメラなど、時代を象徴するものが全部“手元に残る”ものだったんです。でもいまは手元にモノがあるわけじゃないんですよね。だから、いまの若い人たちが昔のものに惹かれるのは自然なことなんじゃないかなと思っています」 さらに不思議なことに、『スタビリティターン』の商品を購入するのは実際に使っていた世代ではなく、初めて目にした若者世代なのだという。「実際に使っていた世代にとって、カセットプレーヤーを目にするのは“2回目”なんですよ。見て、安心感を得て終わるんです。それに比べて、20代の子たちの感動具合は非になりません。人生で初めて見るモノですからね(笑)。あと、実際にデバイスを手にすることでよりリアルに80~90年代を擬似体験できるのが楽しいのではないでしょうか。これは僕たちにはわからない感覚ですけど、昔にタイムスリップしてる感じなんじゃないかな」 体験したことがないからこそ、よりリアルに過去へトリップすることができる。令和の時代らしい新たな楽しみ方が生まれているようだ。 ・一つひとつに込められた人の想いと歴史に触れる 『スタビリティターン』が扱っているのはオーディオプレイヤーだけではない。こちらは、98年ごろに発売されたAppleの初代『iMac』だ。『スタビリティターン』では、『iMac』をパソコンとしてではなく、ディスプレイとして蘇らせたようだ。「昔の『Macintosh』って、四角くてクリーム色のデザインのものしかなかったんですよ(笑)。そしてあの時代は、パソコンを触っている人=オタクというイメージが強かったんです。だから家庭にもあまり普及していなくて。その後スティーブ・ジョブズがAppleに戻ってきてから作った第1作目が、この初代『iMac』なんです」 「紫外線を通しかねない半透明のデザインを採用するって、正直常識はずれではあるんです。色がついていない方が紫外線を通さないから、内蔵されている基盤も傷まないし。でもそんなリスクを背負っても、一般普及させるためにスティーブ・ジョブズはデザイン性を優先させた。結果そのデザイン性でたくさんの若い人たちが購入して、見事Appleのパソコンは家庭に普及したんです。初代『iMac』は歴史的なモデルでもあり、時代を変えたきっかけにもなっています。だから僕は一目置いているし、リスペクトも込めて扱わせていただいてますね」 現代でも通用するかわいいデザインの初代『iMac』。なかに飾られているのは、角張ったデザインが特徴的な、ソニーのオーディオプレイヤーたちだ。「なぜ角張っているかというと、この時代はまだこういうデザインしかできなかったからなんです。設計図の書き方がまだアナログで、丸・三角・四角といったかたちでしかデバイスの設計ができなかった。でもパソコンが普及してCADが使えるようになったから、曲線のデザインも設計可能になりました。このソニーの角張ったプレーヤーには、そういう時代の転換期を感じることもできるんです」 下嶋氏の解説を聞きながら商品を見ていると、まるでガジェットの博物館に訪れたような楽しさがある。そして、たしかにそこには作り手の情熱が詰まっているようにも感じた。そしてこの『iMac』のように、本来の姿とは違ったものに生まれ変わることがあるのも、『スタビリティターン』の特徴のひとつだ。 かなり巨大なこのデバイスは、スピーカーとして販売しているという。「もともとこれはソニーの水中カメラだったんです。昔の水中カメラって中身が空洞になっていて、そのなかにカメラを入れて蓋をするという仕組みになっています」 「だから仕組み的にスピーカーとして最低限の機能は果たしていて、スピーカーのボディとしては割と優秀なんです。それに、防水カメラよりスピーカーにした方が多く人の手にとってもらえそうですしね」 「この水中カメラスピーカーは、グレーと黄色のパーツをそれぞれ入れ替えて商品にしました。いつも商品を直すときは、まず半日くらいずっと眺めるんです。そしたら何か違う姿に見えるときがあって、『あれ、これ意外といけるじゃん』と感じたら実際に手を動かして作っています」遊び心溢れる発想で、予想外の姿で生まれ変わるかつてのデバイス。そんな発想の転換が、時代と時代の架け橋になっているのかもしれない。 ふと横を見ると、ファミリーコンピュータのゲーム画面が。聞いてみると、こちらは商品ではないらしい。「これは、見にきてくれた子どもに遊んでもらえたら嬉しいなと思って置いてあるんです。活動をする上で、あまり売上には固執したくなくて。ゲームで遊ぶ子どもの姿も含めて、自分の理想の空間作りなんです」 売上ではなく、「これいいよね!」というトキメキを広げていくことが、『スタビリティターン』のスタンスだ。実際筆者も、まったく知らなかった世界の魅力を教えてもらった。また、多くのものづくりの手によって、現代のガジェットは成り立っているのだと改めて感じることもできた。 機能性や利便性はテクノロジーの発達により日々進化しているが、純粋に心トキメクものに触れることができるのが、『スタビリティターン』というブランドの魅力だろう。ここでは難しいことは考えずに、素直に「カッコいい!」「かわいい」と感じたあのころの気持ちを思い出させてくれる。ぜひ興味があれば、「コミカルデバイス」というカルチャーを覗いてみてほしい。
はるまきもえ