「自分が一票入れた人にこそ厳しい目を注ぐ」麻木久仁子が伝えたい、選挙への向き合い方
当事者性を語るとき、誰かの当事者性をおとしめてはいけない
――麻木さんは、親であり、女性であり、フリーランスとして芸能の仕事をしています。ご自身の立場を意識して投票していますか? 麻木久仁子: 人はさまざまな環境の中で生きています。フリーランスから見える景色、正社員から見える景色、製造業の人から見える景色、サービス業の人から見える景色、それぞれの環境から見える景色は違う。だから、票を投じるときに、自分自身から見える景色を基盤にして、自分の生活にとってプラスになるところに優先的に投票するのは悪いことじゃないと思うんです。 さまざまな当事者性が集約されて一つの社会ができていくんだから、それでいいと思うのですが、注意しなければならないのは、誰かの当事者性を語るときに誰かをおとしめてはいけないということです。 例えば、若い人たちに「あなたたちが投票に行かないから、年寄りの言う通りになっちゃうじゃないの」という言い方は良くない。なぜなら、自分の今の当事者性はいつ変化するかわからないからです。若い人も必ず歳を取りますし、健康な人が病気になることだってあるし、正社員だった人がフリーランスになることもあるかもしれない。当事者性というのは一生一貫しているものではないので、誰かをおとしめたり、誰かの利益を引き剥がしたりするのは違います。若い人だって、老人の福祉に充てる予算を削って子育て世代に回してもらえたとしても、田舎で暮らしている両親のデイサービスのお金が削られたから週1回介護に行かなくてはいけなくなり困った……となったら元の木阿弥じゃないですか。 今の当事者性から見える景色は大事だけど、今の当事者性が一生確固たる当事者性ではないのだから、対立軸の中で当事者性を語ることはやめた方がいい。じゃないと自分に返ってきますからね。
完璧な投票行動をしている人なんていない
――有権者の中には、投票に行くかどうか悩んでいるのではなくて、「どこに入れたらいいのかわからない」という人もいます。 麻木久仁子: 投票所に行って一票を投じるのは重要な権利。先人たちが勝ち取った権利だから大切です。だけど、幸いにしてこの国は普通選挙が確立していて、参議院選挙なら3年に1回来るし、衆議院選挙も長くても4年に1回来る。他にも、たくさんの選挙があるから、今回の一票ですべてが終わるわけじゃないんです。 現在58歳の私も今までいろんな選挙に行ったけど、できることなら「票を返してほしい!」と思ってしまった選挙もあります(笑)。語弊があるかもしれないけど、選挙のことをそんなに深く考えなくていいと思うんですよね。 例えば、歩いているときに一生懸命選挙演説をしている人がいて、耳を傾けてみたらちょっといいことを言っているみたいだったから「今回はこの人に入れよう」でもいいと思うんです。結果を見て当選したあと、その人の働きぶりがろくでもなかったとなることもある。そしたら「次の選挙は違う人に投票にしよう」となりますよね。 もちろん、この人に投票して良かったと思うときもあります。でも、そんなに完璧な投票行動をしている人なんて正直いないですよ。「自分で考えて、この人がいいと思って入れた」それでいいんです。そんなに心配することはありません。さすがに与党と野党の区別くらいはつけておいた方がいいですが、ニュースや選挙公報を見てみて、今の政治に不満がないと思えば与党に入れればいいし、もうちょっと何かしてほしいなと思えば野党に入れればいいんです。 投票は一生に1回しかできないわけじゃありません。若い人の中には「私なんかに判断できない、正しい投票がわからない」と言っている人もいますが、われわれだって適当に判断している(笑)。そんな立派な判断をしている人なんていません。正しさというのは立場によって変わるし、誰に入れるのが正しいのかは大げさに言ったら歴史が判断しますってことになるので、深く考えるなって言いたいですね。 ――その投票の結果の良し悪しは、開票の日よりその後の政治で決まることもありますよね。 麻木久仁子: その通りです。選挙は勝ち負けで決まるんじゃなくて、そこから始まるんです。自分の入れた人が当選したら終わりじゃなくて、私が入れた一票をどう生かしてくれるのかに注目してほしい。大抵の場合、自分が入れなかった人に対して厳しい目を向けがちだけど、自分が一票入れた人にこそ厳しい目を注ぐべきです。 ----- 麻木久仁子 1962年11月12日、東京生まれ。学習院大学法学部中退。テレビ、ラジオ番組で司会者、コメンテーターとして活躍する他、知性派タレントとしてクイズ番組を中心にバラエティ番組への出演機会も多い。読書家としても知られ、おすすめ本を紹介するサイト「HONZ」や、産経新聞では書評を担当するなど、その活動は多岐にわたる。 文:姫野桂 (この動画記事は、TBSラジオ「荻上チキ・Session」とYahoo! JAPANが共同で制作しました)