実質賃金は27か月ぶりのプラスもプラス定着は9月以降:日銀は円高・株安の賃金・物価への影響を見定める必要
実質賃金のプラスはなお一時的
厚生労働省が8月5日に発表した6月毎月勤労統計で、実質賃金は前年同月比+1.1%と27か月ぶりにプラスとなった(図表)。ただし今回のプラスは、変動の激しいボーナスなど一時金を含む「特別に支払われた給与」が前年同月比+7.7%と上振れたという、一時的な側面が強い。 現金給与総額は前年同月比+4.5%と5月の同+2.0%から大きく上昇したが、残業代やボーナスなどを除いた基調的な給与である所定内賃金は前年同月比+2.3%と、消費者物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)の同+3.3%をなお大きく下回っている。
春闘での賃金の上振れが所定内賃金に反映される動きはまだ途上にあり、向こう数か月で所定内賃金は前年比+3.0%弱までさらに高まっていくことが予想される。他方で、政府は8月から電気・ガス補助金を3か月に限って復活させる。これは消費者物価を0.5%程度押し下げるとみられるが、その影響が出るのは9月分の消費者物価からだ。 こうした賃金上昇率の高まりと物価上昇率の低下の双方の影響から、9月には所定内賃金の前年同月比上昇率は消費者物価を上回り、実質賃金のプラスが定着していくものと予想される。
実質賃金プラス化は追加利上げのトリガーにはならない:金融市場動揺の物価、賃金への影響を見極める必要
しかし、実質賃金の水準は今までに大きく下落しており、その下落分を取り戻すにはなお時間がかかる。そのため、個人消費の低迷はなお続くだろう。今後注目されるのは、足もとで急速に進んだ円高・株安が物価、賃金に与える影響だ。円安の修正が個人の先行きの物価上昇懸念を緩和すれば、個人消費にプラスになるという面はある。しかし、円高・株安が急速に進んだことで、先行きの景気動向への不安、不確実性の高まりから、その悪影響の方が勝り、個人消費が一段と軟化する可能性もあるだろう。 他方、円安修正による先行きの物価見通しが下振れると、企業は今までと比べて輸入コスト上昇分の製品価格への転嫁により慎重になる。また先行きの景気動向の不安から、賃金上昇率を抑える行動を取る可能性もあるだろう。つまり、足もとの急速な円高・株安によって、賃金と物価の上昇モメンタムが低下する可能性が出てきた。 円高・株安など金融市場が動揺を続ける間、日本銀行は追加利上げを実施することは難しいが、そればかりでなく、金融市場の動揺が賃金、物価に与える影響を見極める前に、追加利上げを見合わせるだろう。実質賃金のプラスが追加利上げのトリガーにはならないだろう。足もとの円高・株安によって、追加利上げが後ずれするリスクが出てきた。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
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