秋ドラマ最注目『宙わたる教室』脚本家が語る、感動の名シーンの裏側
秋ドラマナンバーワンという声も多い、窪田正孝主演のドラマ『宙わたる教室』(NHK総合、火曜22時ほか)。東京・新宿にある定時制高校を舞台に、窪田演じる理科教師の藤竹叶(かなえ)と生徒たちが、科学部での活動を通して心を通わせていく物語だ。 【写真】『宙わたる教室』の感動の名シーンを振り返る 脚本を手掛けたのは、映画『愛がなんだ』『ちひろさん』などを手掛けた澤井香織さん。澤井さんへのインタビュー前編では、主人公の藤竹先生の人物像が生まれた背景について聞いたが、後編となる本記事では、さまざまな名シーンの裏側に迫る。
今いるより大きい世界を想像することで、息がしやすくなる
――澤井さんは今年5月にNHKで放送された、ヤングケアラー問題を扱ったドラマ『むこう岸』の脚本も手掛けていますね。原作も登場人物も全く異なる作品ですが、『むこう岸』と『宙わたる教室』はどらちもいわゆる“親ガチャ”や“家庭ガチャ”などの社会問題を描いている点が共通しています。もともと興味のあるテーマだったのでしょうか。 澤井香織(以下 澤井):『むこう岸』も『宙わたる教室』と同じく原作のある作品ですが、『むこう岸』はヤングケアラーの問題を大人ではなく、少年少女の目線から描いているのがすごく面白いと思いました。どちらの作品にも共通して感じたことは、人が学びたい・知りたいという気持ちが、自分の、ぎゅっと縮こまった心を広げてくれる手助けとなりうるかもしれないという部分です。 『宙わたる教室』は、静かな夜、暗い校舎の中でひとつだけ明かりのついた小さな教室から、遠い宇宙へと意識が導かれていくところに、とても惹かれました。「宇宙」という大きいものを想像させてくれることで、少し息がしやすくなるような感じもして。
さまざまな名シーンに込めた思い
――実際、藤竹先生の科学部は生徒たちが息がしやすい場所になっていきますよね。最初に科学部に入る岳人(小林虎之介)は文字や文章を読むのが苦手ですが、藤竹先生の指摘をきっかけに、自分が発達性ディスレクシア(読み書き障害)だと知ります。そのとき、ホッとするのではなく、悲しみと怒りを爆発させていたのが印象的でした。ドラマでは原作より直接的に藤竹先生に悲しみや怒りをぶつけていますね。 澤井:ディスレクシアという事実を今さら知ったところで、取り戻せない日々がある。そんな岳人のやり場のない辛さを、よりダイレクトに伝えたいという思いがありました。小林さんが演じる岳人は、荒々しさの中にも小林さんの素直さと可愛げが溢れていてとても魅力的ですが、このシーンでも説得力をもって演じて下さっていると思いました。 ――あのシーンは物語の前半の名シーンのひとつですよね。本作はすべての回に名シーンがあるのですが、特に印象深いのは、授業に積極的に見えない周りの生徒たちに怒りをぶつけ孤立したイッセー尾形さん扮する長嶺が、クラスメイトたちの前で胸のうちを明かす第4話です。 長嶺が、自分は高校に行きたくても行けず、社会への怒りをエネルギーにかえて仕事を頑張ってきたことや、実は定時制で勉強したかったのは妻のほうで、その妻は長年の工場勤めで肺の病気になり入院していること、ヘビースモーカーだった自分にも責任があると思っていることを語ります。大きな流れは原作通りですが、ドラマではより、自分自身への苛立ちと怒りが表現されていますね。 澤井:触れられたくない場所は誰にもあると思うのですが、長嶺の場合は、それが自責の念なんだろうと思いました。今まで誰にも見せて来なかったものを、皆の前で初めて見せた。あそこで長嶺が自分への怒りを吐露したことで、クラスメイトたちは彼に寄り添えたのではないかと思います。 他人の怒りについて、その原因をそこまで深く考えることは普段あまりないのではないでしょうか。でも、長嶺のように怒りの原因がその人の中にあるのかもしれないと思うと、誰かの怒りについて想像できる手がかりにもなるんじゃないかと思いました。 ――怒りの理由を知ると、第4話の冒頭で岳人の煙草を注意し、単に口うるさいおじいさんに見えていた長嶺の真意も窺えます。長嶺はずっと怒りを原動力にして生きてきた人なのに、その怒りが一番大事な場面で自分に向かうというのも、余計に切ないんですよね。 澤井:長嶺が語り終わった後、クラスメイトたちはみんな拍手するけど、岳人だけはしない。でも、それを観た私の小学生の娘が「岳人は今、心の中では拍手しているんだよね」と言ったんです。子どもにもちゃんと伝わるんだなあと思いました。