星野源、「生きていてよかった…」新人小説に衝撃、なぜ? 担当編集者が明かす異色作品の裏側「“SF色”を排除したSF小説」
先日、星野源が自身のラジオ番組で「生きていてよかった」「すげーもの読んだ」と称賛した1冊の本に注目が集まっている。エッセイスト・コラムニストとしての顔を持つ彼が最高の賛辞を贈った『ここはすべての夜明けまえ』は、新人作家のデビュー作だ。刊行直後に大手書店の売上げランキング1位を獲得し、SF小説ながら文学賞「三島由紀夫賞」の最終候補になるなど、業界内外から反響を呼んでいる。異例づくしの同作の魅力とは。早川書房『SFマガジン』編集長の溝口力丸氏に話を聞いた。 【動画】星野源が衝撃を受けた『ここはすべての夜明けまえ』PV
■「ちょっと信じられないような小説と出逢ってしまった 」選考委員らの衝撃
『ここはすべての夜明けまえ』(間宮改衣著)は、融合手術(サイボーグ手術)を受けた「わたし」が家族史を語っていくSF小説だ。2123年、九州の山奥の小さな家に1人住む、おしゃべりが大好きな「わたし」は、これまでの人生と家族について振り返るため、自己流で家族史を書き始める。融合手術により女性という「性」、そして生物の「老い」という概念から開放された「わたし」は淡々とその半生を綴っていくが…。 同作は融合手術を受けた主人公が書くという設定において、『アルジャーノンに花束を』に通じるような「文体」や「語り口」を意識した作品となっている。SF新人賞「ハヤカワ・SFコンテスト」応募作であり、SFマガジン編集長の溝口氏は読了後、SNSに「ちょっと信じられないような小説と出逢ってしまった」とその驚きを投稿した。 「最初に読み始めた時は、『アルジャーノン~』をはじめ、こういう書き方をしたがる人っているよねと思いました。この手法で新人賞に送られてくるような作品は大体成功しないんです。考えていることに筆力が追いつかない。同作も果たしてこのテンションで最後まで書ききれているのか、半信半疑で読んだのですが…いい意味で裏切られました。見事に、これまで見たことのない境地にまで連れて行かれました」(溝口氏/以下同) 新人賞での編集部内での選考は満点。特別賞を受賞し、2023年12月号『SFマガジン』に掲載されると、今年3月に単行本化された。 「最終選考委員の思想家・東浩紀氏は『ジェンダーや性暴力の問題に正面から向かい合った作品であり、今回の候補作のなかでもっとも心に響いた』と熱い賛辞を贈っていましたし、同じく選考委員であるSF作家の神林長平氏も『旧態依然としたSF観を刷新していく作品になればいい』と口にしていました」 ただ、刊行については不安もあったという。 「個人的には衝撃を受けたものの、読者はどう思うのか。単に読みにくい作品と取られてしまうのでは。一方で、あまりにも従来のSF小説とは違うこの作品こそが、SF小説業界の抱える課題の突破口と成り得るのではないか、それは出版社としての使命なのでは、と刊行に踏み切りました」 SF小説ファンコミュニティは、50代以上の男性が主な購買層となっている。コアなファンによって支えられた業界は、文芸業界が縮小している中でも売上が落ちていないというアドバンテージがある。他方で、年々“ファン層の高齢化”が進み、新規読者の獲得が急務となっている。 同作のヒットは、まさにこの“新規読者の獲得”によるものだった。これまでのSFファン層とは異なる30代女性を中心に支持を集め、現在も売上げを伸ばしている。