新作小説「人魚が逃げた」作家・青山美智子 物語の着想を得たのは「ニシキヘビが逃げたニュース」
◆脱走ニュースが人々の想像力を駆り立てる
新井:「人魚が逃げた」ってかなりのパワーワードよね。 青山:3年ぐらい前に、横浜のあるお家で飼っていたニシキヘビが逃げたニュースがあったんですよ。ニュースの場所が自宅からわりと近かったのね。それで方々から「大丈夫ですか?」と心配をされたり、近所だったこともあっていろんな人がいろんな噂話をするのね。 新井:ほうほう! 青山:SNSもそうだし、テレビでもニシキヘビのことをすごく言うわけですよ。普段、(人々は)ニシキヘビのことを考えて生きていないじゃない? 新井:うん。知ってはいるけどね。 青山:そこなのよ! みんなニシキヘビの存在は知っているし、形も想像できる。だけど、実際に見たことがある人ってそんなに多くないじゃないですか。逃げたニシキヘビと飼い主さんとの関係や、なんで逃げちゃったのかなとか、飼い主さんの気持ちとかを、みんなが自由に想像して話しているのを目の当たりにして。私もいろいろ想像しましたしね。 編集さんとその話をしているときに「これは面白いな」って思ったんですよ。みんなの日常にいなかったニシキヘビなんだけど、急に自分たちの物語を作り出したのがすごく面白いなと感じたんですね。それで、何かが逃げた話を書きたいなと考えました。
◆フィクションとリアルの境目を考える
新井:人魚が逃げたと聞いて、まず私は走って逃げることを想像したんだけど、それだと人魚じゃないのかって思ったりして。 青山:そこもみんな自由に考えるじゃない? 人魚が地上で逃げる方法をみんながいろいろ考えるのは面白いなって思ったんですよね。 新井:みんなの想像にはズレがあるだろうからね。いい想像をする人もいれば、悪い想像をする人もいるだろうし。 青山:そうなんだよね。結局書いていて思ったのは、人魚の話ではあるけれど王子の話なんだよね。「僕の人魚がいなくなってしまった」というところから始まっているので、話の主軸は人魚というより王子ですね。 新井:そうだね。青いスラックスに黒いブーツを履いている、みんなが想像する王子様ですよ。でも、話の舞台が現代だから、そういうコスプレをしている人だって思う人もいるだろうし、本物の王子なのかなと思う人もいる。そのズレ具合もよかったですね。 青山:みんなそれぞれの物語で生きているっていうのが作品の根底にあって。たとえば、思い出話と実際の話が違っていたりすることってあるじゃない? 新井:あるある(笑)。 青山:でも、話している人にとってはそれが“記憶”なわけで“正解”なわけでしょう? フィクションとリアルの境目って実はないというか、「結局みんなフィクションじゃない?」ってところから始まった本ですね。 (「元・本屋の新井、スナックのママになる。」2024年11月11日(月)配信より)