「優勝監督インタビューで、落合は号泣していた」本当は“熱い男”だった落合博満…巨人時代にも「長嶋監督との約束を守れなければ末代までの恥」
骨折の完治を前に「5日間で3000球」を打ち込み…
'96年には打点王を争う活躍で打線を牽引していたが、8月31日の中日戦で死球を受けて左手小指を骨折。チームは2年ぶりの優勝を果たすも、落合の日本シリーズ出場は危ぶまれる。 だが、長嶋監督から「何とか間に合わせてくれ」と言われ、驚くべき練習を始めた。医師から「バットを握ってもいい」と言われていた日付は日本シリーズ開幕の日だったが、それでは間に合わないと、練習開始を1週間前倒しし、昼夜兼行にして5日間で10日分バットを振った。「昼夜で2日分と言うのは屁理屈だけど」と笑いながらも3000球を打ち込んだ。 なんとか間に合ったオリックスとの日本シリーズ第1戦では3安打を放つ。「なぜそこまでするのか」と問われた落合は、「監督の指令には従わなきゃいけないでしょう」と涼しい顔で言った。 このように、落合は20年間の現役生活の間、三冠王宣言に代表される“オレ流”の振る舞いの裏で、常にチームの勝利を第一に考えていたことがわかる。
監督としても有言実行「心配するな、優勝するから」
その後、2004年に中日で監督に就くと、初年度から目立った補強はせず、「個々の選手が実力を10%アップさせてくれれば優勝できる」と言い放ち、本当に優勝を果たしてしまう。もっと驚かされたのは'11年、8月3日時点でヤクルトに10ゲーム離されながら、大逆転で球団史上初の連覇を成し遂げたことだ。打線が振るわず、横浜に0対1で敗れた夜、まだヤクルトと6.5ゲーム差もあったにもかかわらず、「心配するな、優勝するから」と口にした。確かに、直接対決が12試合残されており、数字の上では逆転できるのだが……。 「12試合のうち、9試合がナゴヤドームだろう。これに全部勝てばいい。その他のカードは、負けないようにやっていくから」 結局、名古屋でのヤクルト戦を8勝1敗で見事に逆転優勝。ユニフォームを脱ぐ最後の年まで落合は「有言実行の男」だった。
あの落合博満が号泣した日
では、「有言実行」できるのはなぜか。 三冠王にしても優勝にしても、落合は大きな目標を立てた際に、それを達成するための条件を洗い出し、その条件をクリアできる道筋を徹底してシミュレーションしているのだ。三冠王なら、打率は残せる、打点はチームメイトのサポートを受けられる、あとはどれだけ本塁打を増やせるか、と課題のポイントを絞り、その方法を探った。 ゆえに、目標達成に黄信号が点るのは、競う相手が落合の想定を超えた時だ。そんな落合を、一度だけ見たことがある。 '06年のシーズン、中日は投打に圧倒的な戦力を擁して6月半ばには首位に立つも、9月になると前年王者・阪神の猛追を受ける。そんな状況で取材を申し込むと、落合は珍しくこう言った。 「ちゃんと優勝できたらな」 自軍とライバルの戦力を緻密に分析し、筋書きのないドラマを計算通りに運んできた落合にも予測できない勢いが、この時の阪神にはあるのだと感じた。果たして、2ゲーム差まで詰め寄られたが、142試合目となる巨人戦を延長で制し、どうにかゴールに辿り着く。「どんな仕事でも、成功したければ勉強することだ」と言い、野球学を究めてきた落合にも、予測できないことはあった。優勝監督インタビューのお立ち台で、落合は号泣していた。 <前編から続く> 落合博満Hiromitsu Ochiai 1953年12月9日、秋田県生まれ。'79年にドラフト3位でロッテ入団。3度の三冠王を獲得した。'86年オフに中日、'93年オフに巨人、'96年オフに日本ハムへ移籍し、'98年に現役引退。'04年に中日監督に就任し、8年間で4度のリーグ制覇。'07年には53年ぶりの日本一に導いた。
(「Sports Graphic Number More」横尾弘一 = 文)
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