中江有里さん、雨の野球観戦で席を立った後に大逆転「悔しくて、恥ずかしかった」
読書好きで知られる俳優の中江有里さんが、日々のできごとや過去の思い出を、1冊の本とともにふり返る連載エッセイ。雨の中のプロ野球観戦、応援する阪神タイガースが逆転勝利を収めたのに、なぜか浮かない表情の中江さん。名作『小公女』の主人公のように、あきらめず自分を信じ続けることの大切さを思い知らされた夜でした。
野球を観るスタイルは、自由だ。 テレビ、スマホがあればどこだって試合は生で観られる。たとえば大阪から出張の帰り、試合を観ていたらあっという間に東京に着く。 でも本当は現地で観たい。それも野外がいい。 屋内のように空調はない。夏の球場は強い日差しと蒸し風呂のような熱気につつまれる。 熱中症予防のため塩飴を舐め、水分を取りながらの試合観戦はちょっとした修行だ。 でもタイガースファンと一緒に応援するのは何よりの醍醐味。 勝って歌う六甲おろしは最高である。
寒さマックス。わたしは席を立った
暑いのはまだいい。困るのは雨だ。 4月21日、甲子園は雨の予報だった。 朝早く、新幹線に乗り、阪神電車に乗り換えて甲子園に到着した。すでに雨が降っている。しかし試合はやるらしい。今季初の甲子園観戦。やってくれるだけありがたい。 甲子園には神整備として知られる阪神園芸さんがついている。 試合は5回に佐藤輝明選手の3ランホームランが飛び出し、6回表が終わった時点で雨足が強くなってコールド勝ち! 寒さも吹っ飛ぶ、いい試合だった。 それから3日後、わたしは横浜スタジアムにいた。再び雨の球場だ。 甲子園のときより激しい。今日こそ中止になるだろう……と思ったら試合はやるという。 雨の中の応援は経験したばかりだ。タオルは多めに、荷物を入れるビニール袋も持参。 準備万端。あとは応援するだけだ。 霧雨でグラウンドは白っぽくかすみ、視界不良。試合はなかなか動かず4回まで0-0のまま。 やっと5回表に阪神が押し出しで1点先制したが、6回表、雨のため一時中断。 雨避けポンチョはもう無意味で、靴の中まで水浸しだ。 試合中断の間、阪神応援団が選手たちのヒッティングテーマ演奏を始めた。今は2軍にいるミエセス選手のテーマまで! 歌いながら寒さを忘れた時間だった。 やがて試合再開。すると7回裏、DeNAベイスターズに逆転された。しかもライト森下翔太選手のエラーも絡んで、この回に一挙3点を追加される。 わたしの中で、張り詰めていたものがプツンと切れた。 気温とともに、テンションも下がっている。寒さマックス。風邪をひきそうだ。 8回表、阪神の攻撃は3者連続三振。2点リードされた展開で、ついにわたしは席を立ち、横浜スタジアムをあとにした。 帰る途中の車内、試合結果を確認しようとアプリを開いた。 「え……まだやってる」 9回表、阪神の攻撃が続いていた。死球を挟んで4連打、さらにまた押し出しまであって、あれよあれよ、という間に逆転。 あの寒かった展開が噓のように、5-3で勝った。 雨の横浜スタジアムでは、ファンたちが高らかに歌う六甲おろしが響いていただろう。 阪神が逆転勝ちしたのは嬉しい、けどちょっと後ろめたいのだ。 わたしは、阪神タイガースを最後まで信じられなかった。そのことが悔しくて、恥ずかしかった。