日本はそもそも「民主主義」なのか? 「沖縄」に向き合ってこなかった国の現実
日本はそもそも民主主義?
「センキョナンデス」の映画シリーズは、笑えて、学べて、考えさせられる。さらには、「泣ける」のも恒例だ。第一作では、思想信条は大きく違えど安倍元首相と対話を重ねてきた辻元清美議員が、首相逝去のしらせを知った瞬間絶句し、涙する様子が捉えられていた。「分断の世」などと粗雑に語られる日本の政治や社会の現場から、民主主義が息を吹き返す兆しが見え、グッとくる。 二作目のハイライトに、ダース氏がラッパーとしての顔を見せるシーンがある。“日本の植民地”沖縄の内地に在る“日本の宗主国”米軍の基地へ向かってフリースタイルを投げかける。 ---------- 決めたのは誰だ? 自分たちは誰だ? 主権者か? ふざけんな 主権者だと思ってるのなら put your hands up手を挙げな 日本はそもそも民主主義? 好き好きでこんなことをやっているわけじゃない ---------- 基地前で座り込み運動を続けてきた高里鈴代らオール沖縄会議の人々が返歌を唄う。音楽というアートがつなぐ連帯。繰り返されるキメのリリックで感極まる。「ハロー民主主義!」 ヒルカラナンデスが「泣ける」のは、民主主義という社会のコミュニケーションをいかに立て直すかというテーマから来ているのだと思う。 突撃取材で苦笑するしかないグロテスクな現実をあぶり出し、社会風刺で笑わせる。向かうその先は、ダース氏の言うところの“まだ見ぬ”日本の民主主義である。「ヒルカラナンデス」シリーズは、日本の政治ドキュメンタリー・選挙ジャーナリズムの新たな様式を切り拓いた。本作プロデューサーの大島新は「日本のマイケル・ムーア」と呼び、ドキュメンタリー映画監督原一男は「アドベンチャー・ドキュメンタリー」と評した。 筆者はこれを「楽しい劇場型政治」と呼びたい(3)。政治への参画、それも“観客=スペクテイター”という形で民主主義への参加者を増やしているからだ。基地問題を「外の人」が“野次馬”として見にいくという行為が、いかにセンシティブなものであるかについて、ヒルカラナンデスの二人は自覚的である(4)。本家「ちむどんどん」同様自らがアウトサイダー目線であることを認めつつ、「シン・ニッポン」とは違う「新」たな道をゆく。 沖縄の基地問題については詳しくない。問題があるというのはなんとなくわかるが、とくに強い興味も抱くことなく、他人事として暮らしている。いまの政治の有様を考えれば、残念ながら、日本の政治を決める力をもつ主権者の多くの実感はこういう感じなのではないか。この不均衡な「日本」の状態を招いた一因はここにある。ヒルカラナンデスは、そうした人たちがスタートラインに立つための入り口を提供するために、「スペクタクルを観る」という映画的快楽とお笑いというアートを使う(5)。知ることから始める「楽しい政治」が、日本社会には必要だと思うのだ(6)。 ヒルカラナンデスはさらに海外進出中。今年1月の台湾総統選を取材した台湾ナンデス、そして秋にはアメリカ大統領選へと向かうという。彼らは「アメリカの民主主義のかたち」をどのように日本へと届けてくれるのか。カルチャーと政治のかかわりについて研究しているアメリカ研究者としても目が離せない。 ---------- (1)CHIEKO TSUNEOKA「「シン・ゴジラ」が描く日本のナショナリズム 官僚は戦後の軍事的制約を棚上げし、祖国を守るヒーローとして描かれている」『Wall Street Journal』2016年9月5日。 https://jp.wsj.com/articles/SB10131342344550994625404582294492983235410 (2)ダースレイダー「イーロン・マスクに『日本消滅』と言われた国は『シン・ニッポン』“Always3丁目の夕日”国家で行こう」2022年5月21日。 https://www.gentosha.jp/article/21010/ 「夜の片目ライブ配信~Always3丁目の夕日国家シン・ニッポンの処方箋」@DARTHREIDER(YouTube、2022年6月1日) (3)小森真樹「ドキュメンタリー映画がつくる『楽しい劇場型政治』――『劇場版 センキョナンデス』(監督:ダースレイダー プチ鹿島)」『-oid オイド』2023年2月17日。 https://journal-oid.org/contents/%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%BC%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%8C%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B%E3%80%8C%E6%A5%BD%E3%81%97%E3%81%84%E5%8A%87%E5%A0%B4%E5%9E%8B%E6%94%BF/ (4)「『民主主義も憲法も機能しない』沖縄の選挙戦で思い知る自らの覚悟のなさダースレイダー」『幻冬社plus』2023年7月24日。 https://www.gentosha.jp/article/23888/ (5)三上智恵・ダースレイダー「「日本は民主社会ではない」…ダースレイダーが映画『シン・ちむどんどん』に込めた「メッセージ」」『現代ビジネス』2023年9月28日。 https://gendai.media/articles/-/116822 (6)こうした問題意識から、近刊の拙著『楽しい政治 「つくられた歴史」と「つくる現場」から現代を知る』(講談社)では、映画や音楽、アートやミュージアムなど様々な領域のカルチャーと社会運動に見られる「楽しい政治」の事例を紹介している。 ----------
小森 真樹(武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授)