世界最高齢のプログラマー・89歳の若宮正子さん、創造性を育んだのは戦中の少女時代
「池波正太郎の作品は今でも繰り返し読みますね。『剣客商売』などを読んでいると、登場人物が寡黙なのがいい。一椀の葱の味噌汁を介して父と息子の気持ちが通じ合うシーンなど……活字からシーンを思い描くことで、映像で観る情報以上の世界に遊ぶことができます」とお気に入りの一冊について熱弁。 文中の描写からヒントを得て、実際に料理を作ってみることもお手のものだとか。そんな話の流れから得意料理をたずねると、「すべて家で作ろうとすると億劫になりますでしょ。コンビニの菜の花の胡麻和えや切り干し大根だっていいお味。余ったら翌日は卵でとじてアレンジします」。 気負いすぎず便利なものに頼り、なんでも実際にやってみる。その柔軟な思考が、若宮さんの知的好奇心を机上の空論で終わらせず、行動へとつなげていく。
若宮さんの行動力を物語る近年のエピソードのひとつとして、2022年に訪れたデンマークへの旅行がある。旅の目的は、現在最も関心を寄せているAIを駆使した介護社会の勉強のため。 「デンマークは、政府の方針としてペーパーレスを実践するほどデジタル社会の先進国。アンデルセン童話のイメージが先行しますが、少女たちはマッチを売らずにPCを使いこなしていました(笑)」。 AIやロボット技術を導入することで、介護する側の負担を減らし、介護される側の心も軽やかになる様々な現場も見学。 「例えば、トイレに行く事でさえも人に手伝ってもらうのは何度もお願いしにくくても、ロボットなら何度でも頼めますから」と、自身の介護経験も踏まえた視点から細やかな気づきも多かったという。 誰に依頼されたわけでもなく自主的にポケットマネーで訪れ、そこで学んだことを講演会や取材を通して発信し、日本政府による高齢化社会に向けた有識者会議などで提唱している。 多忙な日々を送る若宮さんに現在の暮らしのルーティンを伺うと、「40年以上銀行勤めをしていたせいか、さぞ規則正しい生活を送っていると思われがちですが起床時間も睡眠時間もバラバラ。元気の秘訣は、規則正しく過ごさないこと(笑)。自分がご機嫌であることが一番です」ときっぱり。 眠れないときには「むしろラッキー!と思って、たまっている本を開きます。それに、寝床のなかって素晴らしいアイディアが思いつくこともある」という。 そんな若宮さんは、側から見ると常に新しいことに挑戦しているように思えるが、「何かに“挑戦”するなんて大げさなことではなく、興味があるから扉を開いてみるだけのこと。だから、私の辞書に“失敗”の文字はありません。間違えて笑われたら、一緒に笑えばいいだけ」とチャーミングに微笑む。 インタビューを終え、ランチを共にすると「あら、ポルケッタって何かしら」とメニューを眺めていたかと思うと、次の瞬間にはiPhoneで検索。ハーブで香り付けした、そのペルージャの伝統料理が若宮さんの自宅の食卓に並ぶ日も、そう遠くはないように思えた。 若宮正子 1935年生まれ、東京都出身。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に就職。1999年、シニア世代のコミュニティサイト「メロウ倶楽部」の創設に参画し、現在は副会長を務める。著書に『昨日までと違う自分になる』(KADOKAWA)、『88歳、しあわせデジタル生活ーもっと仲良くなるヒント、教えます』(中央公論新社)ほか多数。 BY TAKAKO KABASAWA, SPECIAL THANKS BY MOKICHI KAMAKURA