朝ドラ『虎に翼』月給30円で闇市に行けず餓死した判事 “妻の工夫が足りない”と批判された苦しい状況とは?
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』は第11週「女子と小人は養い難し?」がスタート。寅子(演:伊藤沙莉)や轟太一(演:戸塚純貴)、そして山田よね(演:土居志央梨)らは、裁判官として食糧管理法の案件を担当していた花岡悟(演:岩田剛典)が餓死したことを知る。当時裁判官の給与はかなり低く、そもそも闇市に頼ることすら難しい状況だった。 ■闇市では米1升70円、月給は30円という苦しい家計 花岡悟の餓死事件のモデルになったのは、当時食糧管理法に関する案件を担当していた裁判官・山口良忠さんだ。作中で描かれた通り、「闇市での食糧の取引に関わった人々を裁く身でありながら、生きるためとはいえ闇買いに手を出すことはできない」と苦悩していた。配給される食糧の大半を2人の子供に与え、自身と妻はほとんど汁になった粥をすすって飢えを凌いでいたという。その結果、栄養失調による肺浸潤(初期の肺結核)のため33歳で死去した。 山口さんの死は大々的に報道され、波乱を巻き起こす。世間は山口さんとその家族に対して同情を寄せたが、その一方で「馬鹿正直すぎる」「そこまで闇米を拒否するのは病的だ」「自己陶酔に過ぎない」といった批判の声があったのも事実だ。 そして新聞に掲載されて世間を賑わせたのが、時の内閣総理大臣・片山哲氏の妻である片山菊江さんの発言だった。彼女の発言として、新聞にこう掲載されたのだ。「家庭を守る女性の立場としては、多少のゆとりを持つて夫や子供の生命を守るべきだと考えます。畑の仕事を女の手で出来るだけやることなどでも大きな効果があります。奥さんにもう少し何かの工夫がなかつたものでしようか」(朝日新聞,1947年11月6日付) 愛する夫を餓死という形で亡くした妻・矩子さんにとってこれほど辛い言葉はなかっただろう。まるで一家が努力しなかったかのような表現だが、山口さん自身も矩子さんも、どうにか闇市に頼らず生活できないかと畑を耕すなどして試行錯誤していたのである。 そもそも、山口さんら裁判官の給与は当時月給30円程度とかなり低かった。だからこそ、山口さんの死によってこの薄給問題にも議論は波及した。 時期や地域によって価格は大きく異なるが、ここでは1945年10月に東京・豊島区で調査された主な食品などのヤミ値と基準価格をいくつかご紹介しておこう。 白米:1升70円(基準価格53銭) 塩・味噌:1貫匁40円(基準価格2円) 砂糖:1貫匁1000円(基準価格3円75銭) 鶏卵:100匁21円(基準価格1円82銭) ふかしいも:100匁10円(基準価格8銭) 握り飯:1個8円(基準価格10銭) 闇市で取引されるものは言うまでもなく高価だ。従って、給与所得が低い上に売れるものもない家庭は闇市で食糧や生活必需品を入手することさえ困難だった。月給30円では、白米1升買うことさえ難しかっただろう。 戦後、満州・朝鮮・台湾という穀物供給源を失った日本は、深刻な食糧不足に陥り、配給制度は崩壊していた。配給が遅れたり、そもそも配給されるはずのものがされなかったりということが多発し、多くの家庭が栄養失調や餓死の恐怖に怯えながら暮らしていたのである。 そして、「法の番人」として正しくあろうとし、「人としての正しさと法の正しさの乖離」に苦悩した花岡悟のような裁判官が、当時日本には大勢いたのだ。 <参考> ■豊島区立郷土資料館だより『かたりべ 74』(2004年)
歴史人編集部