「自分から売り込まない」「田植えをエンタメ化」…京都で130年続くお酢屋の5代目が打ち出した“逆転の発想”
◆ボンボンVSベテラン蔵人
――2004年、飯尾醸造に入社され、どのような印象を抱きましたか。 入社は、ちょうど本社移転プロジェクトが立ち上がったタイミングでした。 4代目当主だった父から「その指揮をとってくれ」と頼まれたのですが、正直、経費や採算がかなりどんぶり勘定だという印象だったため、ロジカルに突き詰め「移転はしない」という意思決定に至りました。 ――お父さまの希望とは真逆の決断です。周囲から反対の声は? 当時は蔵人が7人働いていて、全員が私より年上のベテラン。いきなり現れた29歳のボンボンに、当然反発心も抱いたと思います。 だからこそ、最初にこう伝えたんです。 「今回のプロジェクトは、皆さんの肉体的な仕事の負担を2分の1以下にするのをゴールとします。今ここで頭に汗をかいてください。そうすれば、体力が衰える10年、20年後、体に汗をかかなくて済みます」。 “自分たちが楽になる”というメリットを具体的に言語化したことで、非常にポジティブな連帯が生まれました。 課題も「本社移転で解決するのか」を丁寧に洗い出し、全員で検証しました。 一人ひとりが納得したうえで「移転しない」と決断できたことで、私への信頼のみならず、スタッフ一丸となって「会社を良くするんだ」という意識も芽生えました。
◆リピーター続出、前代未聞の田植え体験会
――2007年にイベント「田植え・稲刈り体験会」を始め、以後恒例となっていますが、どういった狙いでしょうか。 私は東京で学び働いたシティボーイでしたから(笑)、伝統的な製法のひとつひとつが目新しかった。 とくに棚田での農作業がむちゃくちゃ新鮮で楽しかったんです。 蔵人にとっては日常の作業でも、お客さんにとっては”非日常の体験”になると閃きました。 最初の参加者は5人でしたが、今や全国から200人近くが集まるビッグイベントに成長しました。 30回以上リピートしてくださる方もいるのは、他にはない「付加価値」を提供し続けているからです。 集落でとれた山菜の天ぷら、もち米玄米のおにぎりなどを詰めた里山のお弁当だったり、一番お洒落な農作業ルックの人に非売品のお酢とお米をプレゼントするファッションショーだったり。 体験会が縁で結婚されたお客さんも3組いるんです。 真っ白いツナギを着たカップルに「田んぼの泥で背中に手形をつけてください」とお願いされたこともあります。 蔵人たちの負担は減り、お客さんはお金で買えない思い出や交流も持ち帰れる。 素朴な農作業も、企画デザインによって面白い価値を生むんです。 ――名刺が「似顔絵付きの缶バッジ」というのもデザインによる価値創造ですね。 私だけではなくスタッフ全員分のバッジがありまして、「米作り」「瓶詰め」などの担当業務も書いてあるんです。 「見習い」だった新入社員が、徐々に進化していく過程も追えます(笑)。 お客さんから「バッジください」と話しかけてくれるので、引っ込み思案なスタッフでも必ず主役になれる。 お互いの顔が見えることで、お客さんは飯尾醸造により愛着をもっていただけるようになりますし、スタッフも「この人に喜んでもらいたい」と、より丁寧なもの作りをできる。 目の前のたった一人と向き合い、とことん楽しませる。それが働く側のやりがいに繋がるのです。
■プロフィール
株式会社飯尾醸造 5代目当主 飯尾彰浩氏 1975年京都府生まれ。東京農業大学大学院修了後、2000年に東京コカ・コーラボトリング入社。マーケティングや営業教育として勤務。2004年に5代目見習いとして家業に入り、2012年より現職。伝統的な製法を引き継ぎながら「富士酢プレミアム」や「ピクル酢」といった新商品、2017年にはイタリアンレストランacetoなど、多様なアイデアを生かした経営を実践する。
取材・文/埴岡ゆり