「東京のマフィア・ボス」と呼ばれた男が「日本は貧乏ではない」と感じた“衝撃のギャンブル”
---------- <東声会>、CIAから力道山、ジョン・ウェイン、果ては皇太子までも接点を持った<東京のマフィア・ボス>ニコラ・ザペッティの壮絶な半生を描いた『東京アンダーワールド』(角川新書)から一部抜粋して、その内容を紹介します。 ---------- 【写真】警視庁23歳の美人巡査がヤクザに惚れてすべてを失うまで
力道山がディーラーを務めた闇カジノ
ある晩、力道山からバクチに招かれたニコラ・ザペッティは、ケタ外れに金遣いの荒い世界を、目の当たりにすることになる。 個人的なバクチなのか組織的なものなのかは、聞かされていない。ただ、これほど名誉ある席にアメリカ人を招くのは初めてだ、とだけ言われた。 こういう世界が存在することを、日本人は耳学問で知っている。しかし、実際に中をかいま見るチャンスは、ほとんどめぐってこない。日本の社会では、“目で確認できる以上のもの”が、裏でつねに進行していることを、この世界は痛感させる。 “特別イヴェント”は、東京郊外の邸宅で催された。周囲を高い塀で囲まれ、ひどく蒸し暑い夏の夜にもかかわらず、窓という窓はぴたりと閉ざされている。数台の大きな扇風機が回るリヴィングルームには、長い長方形のテーブルが置かれ、両側には二十人ほどの男たちが陣取っていた。どの人物も一様に、いかにも高級そうなビジネススーツ姿だ。 ザペッティの知っている顔も多い。新聞やテレビでおなじみの顔があるし、彼のレストランで何度か見かけた顔もある。有名な映画スターや、ビジネス界の重鎮、自民党議員、東京の暴力団幹部、さらには、警視庁の上層部も一人。いわば、フランク・シナトラと、ヘンリー・フォードと、ジャック・ケネディと、マフィアボスのサム・ジアンカーナが一堂に会して、ポーカーに興じているようなものだ。 どのプレーヤーも、テーブルの上に一万円のピン札の束を山積みにしている。ザペッティがざっと見積もったところでは、それぞれ二千万から三千万円はあるだろう。各プレーヤーの後ろにはボディガードが立っていて、ボタンを全開したコートから、拳銃をのぞかせている。―― 45口径、38口径、357マグナム……。戸口には、やけに人相の悪い男が二人、ショットガンを持って仁王立ちしている。力道山の弟子のレスラーだ。家の外にも、さらに多くの武装した番兵が、ドーベルマン・ピンシャーやジャーマン・シェパードを従えて、庭の茂みにひそんでいる。 飛び道具もギャンブルも、日本では法律によって厳重に禁じられているから、客人を警察の手から守らなければならない。もちろん、泥棒も撃退する必要がある。実際、警察の手入れがあれば、間違いなく銃撃戦になったことだろう。集まっているプレーヤーたちは、おとなしくお縄をちょうだいするわけにはいかない、超VIPばかりなのだ。 おこなわれるのは「オイチョカブ」というゲーム。バカラの日本版だと思えばいい。絵入りの四十八枚からなる、「花札」というカードを使う。各札の点数は、〇から九まで。 テーブルには白いクロスが掛けられ、中央に細い線が引かれている。ディーラーの力道山は、テーブルの上手に座り、線の両側に三枚ずつ、合計六枚の札を裏にして並べる。それからおもむろに、客人に賭けるよううながす。プレーヤーたちは、合計点数のもっとも少ない列と多い列を予想して、賭け金を積む。一口最低10万円だ。賭け金が出尽くしたところで、力道山の付き人たちが、それぞれの金額をチェック。両サイドが同じ金額にならなければ、賭けは成立しないから、リキが“調整役”をつとめる。一方が三千万なのに、もう一方が千二百万なら、リキが賭け金を千八百万円上乗せして、双方のバランスをとるのだ。 一回の総賭け金の5パーセントは、ショバ代として胴元の懐に入ることを、ザペッティは見逃さなかった。どうりで力道山が、日本一の大金持ちと言われるわけだ。 ザペッティは10万円を賭けた。彼が雇っているウェイターの六ヶ月分の給料だ。ところが、テーブルを見渡すかぎり、彼の賭け金が最低らしい。 札が開かれた。ニックの負けだ。もう一度、一万円札を10枚賭けた。札が開かれる。また負けた。さらに10万円をテーブルに載せたが、三度目も負け。 あたりを見回すと、一万円札の山が行ったり来たりしている。プレーヤーたちはおのれを罵り、なにやらノートに書きなぐっている。○や×をつけたり、赤や青の印を書き込んだり、小さな算盤で必死に計算したり……。室内はタバコの煙でもうもうとしている。若いレスラーたちは、いそいそと飲み物を運び、タバコに火をつけ、熱いタオルを差し出したりと、まるで男のゲイシャだ。ショバ代を数えて、きちんと山積みにしているレスラーもいる。 ザペッティは負けつづけた。次の回も、次の回も、またその次の回も負けて、とうとう10連敗。 百万円が泡と消えていくあいだ、ザペッティは力道山の賭け金をこっそり合計してみたが、ざっと一億円は下らない。リキの前には札束の巨大な山ができている。ザペッティの前は寂しいものだ。それどころか、賭ける金はもう一銭もない。 彼は現金を封筒に入れ、スーツの上着のポケットに無造作に突っ込んできた。ところがほかの連中はみな、ブリーフケースやバッグに、はじけんばかりの現金を詰め込んで持ってきている。 ここで席をたって帰るのは、無礼かもしれない――そう思ったザペッティは、ディーラーから百万円を借りることにした。しかし30分後には無一文。ふたたび借りて、また百万円がパア。三度目も同じだった。 ザペッティは自分ではリッチなほうだと思っているが、このゲームに見切りをつけることにした。ほかのプレーヤーも、賭け金の額はともかく、ほぼ全員が負けている。 というわけで、力道山から新たな札束が提供されたとき、ニックは首を振った。 「もうけっこう」とニック。「俺はいったい何をやってるんだろうな。犬を抑えてくれ。家に帰るよ」 いい勉強になった。何の勉強になったのかは、自分でもはっきりわからない。しかし、その夜以来、ザペッティは日本を“貧乏国”とみなすのをやめた。
ロバート ホワイティング(作家)