AIと「盛り」:プリクラやInstagramの「自撮り」を経て、未来の「美人」はAIが作るのか?
MORI4.0
ところで「MORI3.0」では、自分を含む「シーン」を「自撮り」し、SNSで見せ合うようになったと述べた。そこでは自分の「顔」を見せないことが増えた。なぜ「顔」を見せないのか、機会あるごとに、ユーザーたちに話を聞いている。 近年、「顔」よりも見せたいものとして挙がるのが、「雰囲気」や「バイブス」という言葉だ。今月、女子大学で私が担当している授業の生徒たちに聞いたときも、SNSでは「顔」を見せないと答えた13人のうちの5人が、その理由は「顔」より「雰囲気」を見せたいからだと述べた。「雰囲気」はその人の外側から発するもの、「バイブス」はその人の内側から発するものを表すと考えられ、いずれも感覚的で、形のないものだ。 「AI」の技術は、そのような形のないものを「センシング」したり「ディスプレイ」したりすることに貢献する。SNSは、すでにユーザーの「好きなこと」を認識しているが、さらにユーザーの好きな「雰囲気」や「バイブス」も認識できるだろう。画像生成AIツールは、入力する「プロンプト」次第で、無限に多様なものも視覚化できる。最適な「プロンプト」を入力できれば、ユーザーが視覚化したい「雰囲気」や「バイブス」も視覚化できる。「AI」の技術の支援を受けて、「自撮り」や「盛り」の対象は、自分の「雰囲気」や「バイブス」になるのではないか。そこに人工的で相対的な「自分らしさ」を投影し、「雰囲気」や「バイブス」を共有する人同士で、コミュニケーションすることが進むのではないか。 このように、「自撮り」や「盛り」に親しむ人が今求めていることと、「AI」の技術が貢献することは、合致している。それにも関わらず、「自撮り」や「盛り」のユーザーが求めないことに、「AI」の技術がいま利用がされているのは、なぜだろうか。 人は、自分を材料にするものづくりの方が好きな人と、自分の外にあるものを材料にするものづくりの方が好きな人に、分かれるのではないか。「自撮り」や「盛り」に親しむ人には前者が多く、技術者には後者が多いのではないかと考える。技術者に憧れた私も後者である。だから技術は、後者のニーズに応えるツールの開発が先に進み、前者のニーズに応えるツールの開発が後回しになりやすい。「AI」の技術は、まだその第一段階にあるのだと考える。 いま、次々と公開されている画像生成AIのツールは、それを示す。新しく公開されるツールを私も色々試しているが、どれも「自撮り」や「盛り」に適していない。自分の顔に固定することや、化粧だけを変化させることができないのだ。もちろん、Stable Diffusionのようなオープンな開発環境を利用して、自らツールを作れば可能になるだろう。いっぽう、たとえば、空想の美少女を生成することは日進月歩で簡単になっている。 ただし、簡単さばかりが、求められてはいない。MORI1.0からMORI3.0までの歴史が明らかにしたのは、「盛り」のユーザーに普及するツールは、「間口が広く、奥が深い」ものだということだ。それによって、人工的で相対的な「自分らしさ」を見せ合うコミュニケーションが活性化する。プリクラは象徴的だ。 それに対し、いま、「自撮り」や「盛り」に使われているスマホアプリの「AI」機能は、ワンタッチで画像処理できて簡単過ぎる。それよりも、画像処理をしない「Be Real」のほうが難しく、コミュニケーションを活性化している。つまり、現状の「AI」を利用した画像処理のツールは、スマホでワンタッチで操作できるような「間口は広いが、奥が浅い」ものか、プログラミングを要するような「奥が深いが、間口が狭い」もののどちらかなのだ。 プリクラメーカはユーザインタビューを積み重ね、技術者とユーザとが常に連携しながら、「盛り」の技術を開発してきた。「AI」技術を活かした「MORI4.0」の時代が来るのは、「盛り」のユーザと技術者が連携した時ではないか。いや、その前に、「盛り」のユーザーが技術者になる時が来るかもしれない。 *1── フランスの企業BeReal社が公開したSNSアプリ。ユーザーに対して毎日異なる時間に通知を送り、その瞬間に前後のカメラで撮影した写真をシェアすることを促す。画像処理をしない「リアル」な写真を見せ合うことを特徴としている。 *2── 韓国の企業SNOW Corporationが公開した写真・動画加工アプリ。豊富なフィルターやスタンプ、ARエフェクトを使っうことができる。 *3── OpenAIが開発した画像生成AIツール。 *4── Midjourney社が開発した画像生成AIツール。 *5── Stability AIが開発した画像生成AIツール。開発プロセスがオープンで、多くの研究者や開発者が参加しやすい環境が整っている。 *6── 人間が日常的に使う言語のこと。自然言語処理(NLP: Natural Language Processing)技術により、コンピュータが理解し、解析可能になる。 *7── ここでは、ユーザーが画像生成AIに対して与える命令や指示。通常、自然言語で記述する。
久保友香
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